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「傘は畳んでください、雫が飛びます」ホームで素振りを続けた男。だが、駅員の一言で男が気づいた事実とは
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傘が空を切る音
細かい雨が、朝からずっと降り続いていた。
ホームに屋根はあるけれど、風の向きで足元は湿っている。
みんな濡れた傘を手にしたまま並んでいた。
私は折りたたみ傘の水気を払い、巻いてカバンの外ポケットに差した。
そのとき、少し離れた場所で、ひゅっと風を切る音がした。
ビニール傘だった。
スーツ姿の中年の男性が、それをゴルフクラブのように構えている。
腰を落とし、肩の高さまで振り上げて、勢いよく振り抜く。
一度では終わらなかった。素振りは、電車を待つあいだずっと続いた。
厄介なのは、傘を留め具で留めていないことだった。
振るたびに骨の間から水の粒が飛んで、霧のように広がる。
前に並んでいた女性が、コートの袖を手で払った。
「…飛んできたんだけど」
小さな声だったから、届いてはいない。
男性はフォームを確かめるように手首をひねって、また振りかぶった。
隣の列には、幼稚園帽をかぶった男の子が母親と手をつないで立っていた。ちょうど傘の先が通る高さに、その子の顔がある。
母親が体の向きを変えて、子どもをかばうように前へ出た。
振り向いた先にいた人
制服の駅員が、ホームを見回りながら歩いてきた。
男性の少し手前で足を止めて、姿勢を正す。声を張ることも、身振りで示すこともしなかった。
「傘は畳んでください、雫が飛びます。素振りも危ないのでやめてください」
男性の動きが止まった。
振り上げた腕を下ろし、駅員のほうを見て、それから自分の手元を見た。
留め具のほどけたビニールの先から、水がひとしずく落ちる。
「……え」
本当に、気づいていない顔だった。
男性はゆっくり首をめぐらせて、ホームを見回した。すぐ後ろの女性がコートの袖を押さえていること。
「あ」
短い声が漏れた。
男性は慌てて傘を閉じ、留め具を回して、きつく巻き直した。それから周りに向かって、小さく頭を下げた。
「すみません。気づかなくて、本当に」
誰かを言い負かす場面ではなかった。責める声も上がらなかった。母親が息を吐いて、子どもと手をつなぎ直したのが見えた。
「もう平気だからね」
駅員は「ご協力ありがとうございます」とだけ言って、また見回りに戻っていった。
電車が入ってきて、列が動きはじめる。男性は巻いた傘を体の横に沿わせて、車内でも一度も持ち替えなかった。
悪意があったのではなく、ただ見えていなかっただけなのだと思う。
次の駅で男性が降りるとき、巻いた傘の先はきちんと下を向いていた。ホームの雨は、まだ細かく降り続いていた。
※GLAMが独自に実施したアンケートで集めた、40代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。
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