Share
「返金しろ、シャリが固い」寿司をほとんど食べてから怒鳴り込んだ客。だが、正論を返した結果

大晦日の売り場は、息つく暇もありませんでした
大晦日のスーパーは、一年でいちばん忙しい日です。私が働いていた総菜コーナーでも、朝からスタッフ総出で寿司を作り続けていました。
この時期によく出るのは、五十貫入りの大きな寿司パックです。年越しに家族で囲むために買っていく人が多く、売り場に並べても、すぐに数が減っていきました。
私はバックヤードと売り場を行き来しながら、追加分の準備に追われていました。手も腰もすっかり疲れていましたが、それでも売れていくのを見ると、もうひと踏ん張りしようという気持ちになります。
夕方になり、ようやく少しだけ売り場の混雑が落ち着いてきた頃でした。レジの近くから、急に大きな声が聞こえてきたのです。
「ちょっと、どうなってるんだよ。これ、固くて食べられたもんじゃないぞ」
驚いてそちらを見ると、五十代くらいの男性客が、寿司の容器を片手に店員へ詰め寄っていました。
「返金してくれよ。こんなもの売るなんて、ひどすぎるだろ」
私は思わず足を止めました。手にしていた容器の中を見て、さらに言葉を失います。五十貫入りの寿司は、ほとんど食べ終わっていて、残っていたのはたまごの寿司が二貫だけでした。
「シャリが固いんだよ。口に入れた瞬間に分かった。こんなの、客に出していいと思ってるのか」
男性は怒った顔のまま、容器を突き出してきます。けれど、そこまで食べてから言われても、という気持ちは周りの誰もが抱いていたと思います。
近くにいたお客様たちも、買い物の手を止めて、気まずそうに様子をうかがっていました。
店長の言葉は穏やかでしたが、はっきりしていました
騒ぎを聞きつけて、厨房から店長が出てきました。慌てる様子もなく、男性の前で立ち止まると、まず容器の中を一度しっかり確認しました。
「申し訳ありません。ご不快な思いをさせてしまったことについては、お詫びいたします」
店長は落ち着いた声で、そう言いました。男性は少し勢いづいて、すぐに言い返します。
「謝るなら返金してくれよ。こんなの、どう考えてもおかしいだろ」
店長は表情を変えず、男性の目を見て答えました。
「お気持ちは分かります。ただ、ほとんど召し上がった状態ですので、こちらとしては返金の対応はできません」
「なんでだよ。固かったんだぞ?」
「もし途中の段階でお持ちいただいていれば、すぐに売り場の者にも確認させていただけました。ですが、この状態ですと、商品の不良として判断するのは難しいんです」
言い方は丁寧なのに、店長の言葉には迷いがありませんでした。
男性はさらに声を荒らげます。
「こんなの納得できるわけないだろ」
「納得いただけないお気持ちは理解します。ただ、できないことを、できるとは申し上げられません」
短い言葉でしたが、その一言で店長の考えは十分に伝わりました。
それでも男性は引き下がらず、全額返せ、新しいものと替えろと繰り返しました。売り場の空気がぴんと張りつめ、私まで胸がざわざわしてきます。
すると店長は、声の調子を変えないまま、もう一度だけはっきりと言いました。
「申し訳ありませんが、ほかのお客様のお買い物のご迷惑にもなっております」
男性の表情が、そこで少し変わりました。
男性は口を開きかけて、言葉を飲み込みました。さっきまでの勢いが、目に見えてしぼんでいきます。
「……もういいよ」
吐き捨てるようにそう言うと、男性は容器を持ったまま、足早に売り場を離れていきました。
去っていく背中を見送りながら、私はようやく詰めていた息を吐きました。周りのお客様たちも、何事もなかったように少しずつ買い物へ戻っていきます。張りつめていた空気が、そこでやっとゆるみました。
店長は私たちのほうを振り返り、「大丈夫。持ち場に戻ろうか」とだけ言って、また厨房へ戻っていきました。
大晦日の忙しい売り場では、強い言い方をされることもあります。けれど、相手が感情的になっても、慌てず、必要なことだけをきちんと伝える。その姿勢がどれだけ大事なのかを、あの日の店長から学んだ気がします。
正直、あのときの私は、ただ怖くて立ち尽くすことしかできませんでした。だからこそ、穏やかな口調のまま一歩も引かなかった店長の背中が、今でも強く印象に残っています。
※本記事は、GLAMが独自に実施したアンケートで寄せられた40代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。
ほかの小説も読む
CHARACTERS
登場人物から探す
THEME
テーマ・シチュエーションから探す
ENDING
結末から探す
最も人気の短編小説
もっと見る >スカッとする短編小説
もっと見る >モヤモヤ短編小説
もっと見る >ゾッとする短編小説
もっと見る >LINEの短編小説
もっと見る >実体験をもとにした短編小説
もっと見る >恋愛トラブル
もっと見る >ハラスメント
もっと見る >金銭トラブル
もっと見る >浮気・不倫
もっと見る >迷惑
もっと見る >仕事のトラブル
もっと見る >非常識
もっと見る >LINE誤爆
もっと見る >思わず気持ちが晴れた「スカッと」
思い出しても背筋が凍る「ゾッと」
その感情を、物語にしませんか。
GLAMでは、あなたのリアルな体験エピソードを
お待ちしています。

GLAM Lifestyle Editorial
編集部
日々の暮らしや選択を通して生まれる気持ちの変化に目を向け、人生を自分らしく整えていくヒントを届ける編集部チームです。仕事や人間関係、暮らしの質、価値観の揺らぎ。さまざまなテーマを横断しながら、今の自分にとって心地よい選択とは何かを考え、無理のない距離感で情報を発信しています。ときには短編小説の力も借りながら、日常にそっと寄り添い、気持ちを軽くするようなライフスタイルコンテンツをお届けします。
Feature
特集記事


