Share
「3件とも、やっぱりキャンセルで」作っていた鉄板料理を作り終える寸前で客に去られた私。だが、店長の不器用な優しさに救われた瞬間

深夜一時の鉄板三皿
学費を自分で稼ぐため、私は郊外のファミリーレストランで調理のアルバイトをしていた。
その夜は深夜のシフトで、時計の針はとうに午前一時を回っていた。
閉店は午前二時。厨房の大半はもう火を落とし、洗い場やコンロの拭き上げといった閉め作業に入っていた。
あとは静かに店じまいを待つだけ、そのはずだった。
「鉄板ステーキ、三つ入りました」
ホールのスタッフが伝票を差し出す。よりによって、いちばん手間のかかる鉄板料理だった。
しかも三皿同時。私は思わず壁の時計を見上げた。
「三つ、ですか。この時間に」
「はい、あちらの団体のお客様です」
いったん片づけかけた鉄板を火にかけ直し、肉を並べ、付け合わせを整えていく。
冷めかけた厨房をもう一度温め直すところからのやり直しだった。それでも、注文が入った以上は手を抜けない。
額の汗をぬぐいながら、三枚の鉄板をじゅうじゅうと鳴らす。ソースを回しかけ、あと数十秒で皿に移せる、まさにその瞬間だった。
団体席のほうから、やけに軽い調子の声が飛んできた。
「3件とも、やっぱりキャンセルで」
菜箸を持つ手が、宙で止まった。
店長がかけた言葉
ホールのスタッフが慌てて席へ向かう。だが客たちはもう腰を上げていて、こちらへ一言の詫びもないまま、ぞろぞろと出口へ歩いていった。
「お客様、お会計は……」
呼び止める声にも振り返らず、自動ドアの外へ消えていく。伝票だけが、レジ台にぽつんと残された。
私は焼き上がったばかりの三皿を前に、しばらく動けなかった。閉店間際、火を落とした厨房をわざわざ立て直して、汗だくで焼いた鉄板だった。
それが、口をつけられることもなく、湯気だけを立てている。
やり場のない苛立ちが、じわりと胸に広がった。
そのとき、奥から店長が出てきた。普段は少しのミスも見逃さない、厨房でいちばん怖い人だ。今日もまた何か言われる、と身構えた。
店長は三枚の鉄板をじっと見下ろすと、ぶっきらぼうに言った。
「作っちまったもんは、しょうがねえ」
叱責を覚悟していた私は、思わず顔を上げた。
「その三皿は、お前のまかないだ。冷めないうちに食っとけ」
いつもの厳しい声のままだった。けれど、その言葉には確かに、私をかばうような温かさがにじんでいた。
「……いいんですか」
「捨てるほうが、よっぽどもったいねえだろ」
店長はそれだけ言うと、さっさと奥へ引っ込んでいった。ひとり厨房に残された私は、湯気の立つ鉄板に箸をつけた。自分で焼いた肉は、少ししょっぱくて、けれど確かに温かかった。理不尽な夜の終わりに、その不器用な優しさだけが、じんわりと胸にしみていった。
※GLAMが独自に実施したアンケートで集めた、20代・男性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。
ほかの小説も読む
CHARACTERS
登場人物から探す
THEME
テーマ・シチュエーションから探す
ENDING
結末から探す
最も人気の短編小説
もっと見る >スカッとする短編小説
もっと見る >モヤモヤ短編小説
もっと見る >ゾッとする短編小説
もっと見る >LINEの短編小説
もっと見る >実体験をもとにした短編小説
もっと見る >恋愛トラブル
もっと見る >ハラスメント
もっと見る >金銭トラブル
もっと見る >浮気・不倫
もっと見る >迷惑
もっと見る >仕事のトラブル
もっと見る >非常識
もっと見る >LINE誤爆
もっと見る >思わず気持ちが晴れた「スカッと」
思い出しても背筋が凍る「ゾッと」
その感情を、物語にしませんか。
GLAMでは、あなたのリアルな体験エピソードを
お待ちしています。
Feature
特集記事


