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「試食、急いで下げて!」店長の突然の指示→新人の私が知った指示の意味に絶句

カウンターに並べた3皿
デパートの地下にあるパン屋で働きはじめて、まだ二週間ほどの頃でした。
ガラスのケースにパンを並べて、言われたものをカウンター越しにトングで取る。それだけの仕事のはずだったのです。
新商品が出た週は、カウンターの上に小さな試食の皿を出します。
「今日は3皿ね。切らさないように足していってね」
「はい」
店長にそう言われて、私は爪楊枝の向きまでそろえて並べました。
つまんでそのまま買ってくださる方も多くて、その皿がちょっと誇らしくもあったのです。
声の調子が変わった数秒
その日、店長がふいにレジの奥から出てきました。
通路の向こうを見たまま、声だけがこちらへ飛んできます。
「試食、急いで下げて!」
いつもの穏やかな声ではありませんでした。
短くて、緊迫した一声です。
理由を聞く余裕などありませんでした。
私は皿を三枚まとめて抱え、カウンターの裏へしゃがみ込むようにして置いたのです。
顔を上げた、ちょうどそのときでした。
初老の男性が、小走りでカウンターの前に駆け込んできたのです。
「なんだ」
カウンターの上を、右から左へ何度も見渡しています。
「試食は全部出してくれよ」
(この方、どこから見ていたんだろう)
店長は慌てもせず、受話器を取っていました。
「いつもの方が来られています。お願いします」
それだけで通じるようでした。ほどなく警備の方が二人、静かに歩いてきます。
「お客様、こちらでお話をうかがえますか」
男性はまだ何か言いながらも、案内されて通路の向こうへ歩いていきました。
あの一声の意味
売り場が元の静けさに戻ってから、私はおそるおそる聞きました。
「あの、さっきのは…」
「試食だけ召し上がっていかれる方でね」
店長は、裏から皿を出しながら言いました。
「一度も買ってくださったことがないの。食べ切ると、もっと出せって叫ばれるので、事務所でお断りしている方なのよ」
だから、姿が見えた時点で皿を引く。あの一声は、そういうことだったのです。
「説明している時間がないから、下げてとだけ言うの。びっくりしたでしょう」
「いえ、体が勝手に動きました」
店長は笑って、爪楊枝の向きをそろえ直していました。
それから辞めるまでの二年ほどで、私は同じ場面に何度も出くわしました。
やがて、店長が息を吸う気配だけで手が皿へ伸びるようになったのです。
「あなた、もう私より早いわね」
「もう慣れました」
パンの知識も接客の技術も、たいして身につかないまま辞めてしまいました。
ただ、試食の皿を下げる反射神経だけは、たしかに鍛えられていったのでした。
※GLAMが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。
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日々の暮らしや選択を通して生まれる気持ちの変化に目を向け、人生を自分らしく整えていくヒントを届ける編集部チームです。仕事や人間関係、暮らしの質、価値観の揺らぎ。さまざまなテーマを横断しながら、今の自分にとって心地よい選択とは何かを考え、無理のない距離感で情報を発信しています。ときには短編小説の力も借りながら、日常にそっと寄り添い、気持ちを軽くするようなライフスタイルコンテンツをお届けします。
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