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「幸せの七五三だった」娘の七五三に来てくれた義両親。数日後、夫にかかってきた電話の内容に絶句

両家そろっての七五三だった日
「幸せの七五三だった」
娘の七五三は、両家の祖父母を招いてのお参りになった。
私の両親と夫の両親、そして私たち家族四人。鳥居の前に並んで撮った写真は今でもリビングの棚に飾ってある。
娘は慣れない着物に最初こそぐずったが、神社の境内を歩いているうちに機嫌を直し、両家のおじいちゃんおばあちゃんの間を行ったり来たりして駆け回っていた。
当日は天気にも恵まれ、義両親と私の両親は娘を真ん中に挟んでにこやかに談笑していた。
祈祷を終えたあと、近くの料亭で会食をした。
席は義父が予約してくれたお店で、料理は懐石の七五三コース。
乾杯のときに義父が娘の名前を読み上げた一言で、テーブルの空気が和らいだ。
私はその場で何度も両親や義両親に頭を下げ、夫も同じように立ち上がって挨拶した。
良い一日になった、そう信じて家に帰った。
数日後、夫経由で届いた苦言
事件は数日後に起きた。夫が仕事から帰宅するなり、改まった声で切り出してきた。
「親から電話があった」
聞けば義両親が、あの会食で食事代を全額負担したのに、私からも私の両親からも一言の感謝もなかったと、夫に向けて不満を漏らしてきたという。
具体的に夫が伝えてきたのは次の一言だった。
「お礼の一言もなかったのはおかしい」
頭の中が真っ白になった。
当日、私は何度も頭を下げ、料亭を出るときも丁寧にお礼を伝えていた。
私の両親も玄関先で深く頭を下げ、後日改めて手土産も持参している。
それなのに「一言もなかった」と言い切られる感覚に、しばらく言葉が出なかった。
普段こちらに感謝ゼロの人たちだった
何より腹が立ったのは、義両親が普段こちらに対して感謝という言葉を一切使ってこない人たちだったことだ。
お盆の贈り物にも父の日母の日の品にも、こちらの夕食のお裾分けにも、ありがとうの五文字が返ってきたことはない。
娘の入園祝いを送ったときも、義実家の電球を私が交換したときも、義母の通院の送迎を引き受けたときも、感謝の言葉はなかった。
それを当たり前のように受け取ってきた人たちが、自分が支払った数万円の食事代だけは大々的に「お礼がなかった」と責めてくる。
夫はその話を伝えながら、母さんも気にしすぎだろうけど一応話だけはと言葉を濁した。怒りなのか脱力なのか分からない感情が胸に溜まったまま、私はその夜、リビングの七五三の写真をしばらく見つめていた。
常日頃の自分たちの振る舞いを棚に上げて要求だけは一人前にする義両親と、これからどう付き合っていくべきか、答えは見つからずに今も続いている。
※GLAMが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。
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