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家庭用冷凍庫より23度寒いマイナス41度の朝が実は日本にあった!120年破られない北海道旭川の冷え込みのからくり
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日本の朝にマイナス41度、120年破られない記録
冬の朝、外がマイナス10度を下回るだけでも体の芯まで冷えます。
ところが日本には、それをさらに30度以上も下回るマイナス41度の朝が観測された土地があるのです。舞台は北海道旭川市。
今から120年以上前の出来事で、公式記録は今も塗り替えられていません。気象庁と旭川市の資料をのぞいてみたら、この数字を生んだ土地のしくみが見えてきました。
1902年1月25日、旭川で観測されたマイナス41.0度
気象庁の観測記録によると、1902年(明治35年)1月25日、旭川でマイナス41.0度が観測されました。
これが今に至るまで日本の公式最低気温です。旭川市公式の気候解説でも「氷点下41.0度(明治35年1月25日 日本最低気温)」と明記されています。
観測値はその後120年以上更新されておらず、令和の旭川でもこの記録には届いていません。一夜の偶然ではなく、土地の条件が積み重なって生まれた数字といえます。
盆地に冷気がたまる「放射冷却」のからくり
旭川が極端に冷え込む理由は、地形と冬の空にあります。
市街地は周囲を山に囲まれた盆地で、重く冷たい空気が外へ逃げにくく、底にたまりやすい構造です。さらに晴れて風の弱い夜には、地表の熱が空にどんどん逃げていく「放射冷却(地面の熱が赤外線として宇宙へ逃げる現象)」が強まります。
雪に覆われた地面は太陽光を強くはね返すため、日中もあたたまらず、翌朝にはさらに冷えた空気が盆地の底に積み重なるというわけです。
家庭用冷凍庫の中よりさらに23度低い空気
マイナス41度が普段の生活からどれだけ離れた寒さか、身近なものに置き換えてみます。
家庭用冷凍庫の庫内はおよそマイナス18度。つまり旭川のあの朝は、冷凍庫の中よりさらに23度も低い空気が街を覆っていたことになります。
外に出した濡れタオルは短時間で板のようにかたまり、吐く息は白い湯気というより細かな氷の粒に近づきます。数字で並べると遠い世界の話のようですが、人々が暮らす市街地で実際に観測された記録です。
まとめ
日本最低気温マイナス41.0度は、盆地の地形と放射冷却が重なって生まれた一夜の数字でした。120年破られていないのは、それだけ条件がそろいにくいということなのです。
参考:気象庁「旭川 観測史上1〜10位の値(年間を通じての値)」

GLAM Entame Editorial
編集部
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