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名古屋の原点は「熱田」にあった!草薙剣(くさなぎのつるぎ)を祀る熱田神宮と、東海道随一の門前町が生んだ街の歴史
INDEX

名古屋城より1,500年古い「熱田」という街のはじまり
名古屋という街の歴史をさかのぼると、その出発点は「熱田(あつた)」にあったとされます。
熱田神宮(あつたじんぐう)の創祀(そうし)は113年で、名古屋城の築城(1610年)より約1,500年も前のことです。
草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)を御神体(ごしんたい)として祀るこの古社が、やがて東海道随一の宿場町の核となり、名古屋全体の繁栄を支える土台になったといわれます。
三種の神器のひとつ、草薙神剣がこの地に祀られた理由
熱田神宮の公式サイトによると、創祀は113年(景行天皇43年)。
日本武尊(やまとたけるのみこと)の妃・宮簀媛命(みやすひめのみこと)が、草薙神剣をこの地に祀ったのが始まりとされています。
三種の神器とは、草薙神剣・八咫鏡(やたのかがみ)・八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)の3つで、皇室に伝わる神聖な宝とされます。
907年(延喜7年)には延喜式名神大社(えんぎしきみょうじんたいしゃ)に列せられ、源頼朝が奉幣(ほうへい)し、織田信長も桶狭間(おけはざま)の戦いの前に必勝祈願に訪れた歴史ある社です。
熱田の門前町が「東海道最大の宿場」になった
江戸時代に入ると熱田は「宮宿(みやしゅく)」として東海道五十三次の41番目の宿場町に整備されます。
天保14年(1843年)の記録では本陣2軒・脇本陣1軒・旅籠248軒が軒を連ね、東海道随一の規模を誇ったとされます。
名古屋市熱田区役所の公式ページによると、宮宿は桑名宿と「七里(しちり)の渡し」と呼ばれる海上航路(約27.5km)で結ばれた東海道唯一の海路の起点でもありました。
大名から庶民まで多くの人が宮宿で足を止め、この人の流れが後の名古屋の発展を下支えしたといわれます。
「熱田さん」として今も愛される、名古屋の心臓部
明治元年(1868年)に神宮号を賜り、熱田神社から熱田神宮へと改称。
現在は約19万平方メートルの境内に樹齢1,000年を超えるとされる大楠(おおくすのき)が茂り、都市の中に静かな森が広がっています。
令和3年(2021年)には刀剣専門の展示館「剣の宝庫 草薙館(くさなぎかん)」が開館し、国宝・重要文化財を含む約450口の刀剣を公開。
地元では古くから「熱田さん」と呼ばれ、1,900年以上の歴史が今も息づいています。
まとめ
熱田神宮の創祀は113年。
名古屋城より約1,500年古いこの地が、草薙神剣を祀る門前町として、さらに東海道最大の宿場町「宮宿」として発展し、名古屋という街の原点になったといわれます。
参考
・熱田神宮の歴史|熱田神宮 公式サイト
・東海道唯一の海路「七里の渡し(宮の渡し)」|名古屋市熱田区役所 公式サイト

GLAM Entame Editorial
編集部
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