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実は梅田は梅じゃなく『埋田』、道頓堀と心斎橋は人名!誰もが知る大阪5地名の由来が想像と違いすぎた本当の事情

梅田・道頓堀・心斎橋・難波・天王寺、5地名の由来を調べた
大阪の地名というと、梅にちなんだ梅田、賑やかな心斎橋、お笑いの聖地・難波…となんとなくのイメージがあります。
ところがコトバンクや大阪市の解説をのぞいてみると、梅田は梅と無関係、道頓堀と心斎橋は人の名前と、想像とまるで違う物語が見えてきました。
梅田はもともと「埋田」だった
大阪の玄関口・梅田の名は、実は梅の花とは関係がありません。
コトバンクによると、このあたりは淀川の後背湿地(こうはいしっち)にあたる低湿地で、近世初期にこの泥土を埋め立てたことから「埋田(うめだ)」と呼ばれていたとあります。
ただ「埋」の字面が悪いとして避けられ、のちに「梅田」と書かれるようになったというのが定説です。
商業の中心地として華やかな今の梅田の足元に、湿地を埋めた土地の記憶が残っているわけです。
道頓堀と心斎橋は、どちらも人の名前
道頓堀の由来も意外です。江戸時代初期、長らく「安井道頓」の名で知られてきた成安道頓(なりやすどうとん)という人物が私財を投じて運河を掘り、その功績をたたえて「道頓堀」と命名されました。
道頓は大坂夏の陣で戦死し、運河は従弟の安井道卜(やすいどうぼく)らが完成させたと伝わります。
心斎橋も同じく人名由来で、大阪市の解説によると元和8年(1622年)ころ、長堀川を開いて流通を盛んにした商人・美濃屋岡田心斎(おかだしんさい)が中心となって架けた橋の名がそのまま地名になったとされています。
難波は古代地名、天王寺は四天王寺
難波(なんば)は、古代「難波(なにわ)」「浪速」「浪花」などと書かれてきた由緒ある地名です。
飛鳥・奈良時代には宮殿「難波宮(なにわのみや)」が置かれましたが、実際の宮殿跡は現在の難波駅周辺ではなく、少し離れた中央区法円坂にあります。
現代の「難波」周辺を含む大阪市中心部の広いエリアが、古くは「なにわ」と呼ばれていた名残と言えます。
天王寺は、聖徳太子が建立した日本最古の本格寺院「四天王寺(してんのうじ)」の略称が地名になったもの。駅名で日常的に口にしている呼び名のそれぞれに、古代の歴史や江戸の商人の名前が刻まれているわけです。
まとめ
梅じゃない梅田、人の名前の道頓堀と心斎橋、四天王寺が縮んだ天王寺。誰もが知る大阪の5地名は、どれも想像とまるで違う物語を抱えていたのです。

GLAM Entame Editorial
編集部
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