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会員制クラブで友人が撮影ルール違反。一枚の写真が招いた「高額罰金」と「友情崩壊」[短編小説]

「絶対に、絶対に店内での撮影は禁止だからね。スマホもカバンから出さないで。もし見つかったら、会員である私のボスに、とんでもないペナルティがいくから」
それは、大学時代からの友人グループ5人で、憧れの会員制ラウンジへ足を踏み入れる直前のことでした。コネ入社した友人のサキが、上司の計らいで一夜限りの予約を取り付けてくれたのです。芸能人や政財界の大物が、お忍びで利用するという雲の上の世界。私たちは固唾を飲んで、サキの念押しに「もちろん!」と頷き合いました。
しかし、あの日、たった一人の軽率な行動が、私たちの友情と日常を、音を立てて壊していくことになるのです。
「一枚だけ」が破った、鉄の掟
ラウンジの重厚な扉の向こうは、まさに別世界でした。洗練されたインテリア、一流のサービス、そして何より、そこに流れる”本物”だけが持つ空気感。私たちはその雰囲気に圧倒され、ただ静かにお酒と会話を楽しんでいました。
ただ一人、リナを除いては。
「ねぇ、このカクテルすごくない?ストーリーに載せたいんだけど…」
キラキラした目でそう囁くリナに、私は「ダメだって言われたでしょ」と小声で釘を刺します。彼女は不満そうに口を尖らせましたが、一度はスマホをバッグにしまいました。
しかし、悲劇は私たちの会話が弾んでいた、ほんの一瞬の隙に起きました。リナが、テーブルに置かれた美しいカクテルグラスに、素早くスマホのカメラを向けたのです。カシャッという小さなシャッター音。私はハッとしましたが、彼女は悪びれもせず、すぐにスマホを隠してしまいました。
「大丈夫だよ、バレてないって」と笑う彼女。その時、私はもっと強く止めるべきでした。その一枚の写真が、取り返しのつかない事態を招くとも知らずに。
突如訪れた、悪夢の終わり
リナが写真を撮ってから、30分も経っていなかったと思います。一人の支配人らしき男性が、厳しい表情で私たちのテーブルに近づいてきました。彼が持っていたタブレットの画面に映し出されていたのは、見慣れたSNSの画面。そして、リナが先ほど撮ったばかりのカクテルの写真でした。ご丁寧にも、店の名前がわかるようなハッシュタグまで添えられて。
「お客様。入店時に、店内での撮影は固くお断りしているとご説明いたしましたよね?」
低く、冷たい声でした。
「これは、当クラブの規則に対する重大な違反行為です。会員様との信頼関係を著しく損なうものであり、大変遺憾です」
支配人は淡々と、しかし有無を言わせぬ口調で続けました。会員規約に基づき、今回の違反行為に対して、紹介者である会員様に「罰金」を科すこと。そして、私たちは速やかに会計を済ませ、退店するように、と。
30万円の請求書と、崩れ始めた関係
ラウンジを追い出された私たちは、誰一人、言葉を発することができませんでした。あの華やかな空間から一転、冷たい夜風が身に染みます。リナは「ごめんなさい…そんな大事になるとは思わなくて…」と泣き出すばかり。
翌日、サキから震える声で電話がかかってきました。彼女の上司に課せられた罰金の額は、30万円。上司は激怒し、サキは社内での立場が危うくなっている、と。
私たちは緊急で集まりましたが、話し合いの余地はありませんでした。原因を作ったリナが、30万円を全額支払う。それは、当然の帰結のはずでした。
「なんで私だけ?」その一言が友情を壊した
しかし、リナの口から出たのは、謝罪ではなく信じられない言葉でした。
「なんで私だけが払わなきゃいけないの?みんなも一緒に楽しんでたじゃん!5人で割るのが普通じゃない?」
その場が、凍りつきました。ルールを破ったのは、あなた一人。サキがどれだけのリスクを背負って、私たちを招待してくれたのか。その立場を全く考えない、あまりに自己中心的な発言。
「ふざけないで!」「常識を考えなよ!」
他の友人たちからの非難の声にも、リナは泣き叫ぶばかり。彼女が本当に反省していないことが、誰の目にも明らかでした。
結局、罰金はリナの親が支払うことで決着がつきましたが、私たちの友情は、修復不可能なほどに壊れてしまいました。
たった一枚の写真。SNSで「いいね」が欲しいための、ほんの出来心。その代償は、30万円という大金と、長年築き上げてきた友人関係の崩壊でした。間違いを犯すことよりも、その間違いと向き合えない人間の弱さが、全てを壊していくのだと、私たちは痛感させられたのです。
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