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『角髪(みずら)』は古代の成年男性の髪型、『髻(もとどり)』は武士の丁髷の要!読めない漢字に眠る千年の髪型史

『角髪(みずら)』は古代の成年男性の髪型、『髻(もとどり)』は武士の丁髷の要!読めない漢字に眠る千年の髪型史
角髪みずらは古代の成年男性の髪型髻もとどりは武士の丁髷の要読めない漢字に眠る千年の髪型史

髪型を表す漢字、千年分の流行と政治の痕跡

「鬢(びん)」「髻(もとどり)」「角髪(みずら)」と並ぶと、もう古文書の世界ですよね。

読み方がむずかしいうえに、どんな髪型なのかも見当がつきません。

コトバンクの「美豆良」「散髪脱刀令」の項目を頼りに調べてみたら、たった数文字の漢字に、古代から明治までの髪のドラマがぎゅっと詰め込まれていました。

クイズ:「角髪」とはどんな髪型

ヒントを2つどうぞ。

・古代日本の成年男性の髪型
・6〜7世紀頃まで成年男子の髪型として結われていた

選択肢

1.江戸時代の町人の髷(まげ)
2.武士の総髪
3.古代日本の、耳のあたりで左右に束ねた髪型
4.明治の散切り頭

正解は?

正解

正解は3番。

「角髪(みずら)」は、髪を頭の中央で左右に分けて、両耳のあたりで輪状に束ねた古代日本の男性の髪型です。

コトバンクによると、6〜7世紀頃までは成年男子の髪型でしたが、しだいに成人はこの髪型を結わなくなり、平安時代以降は主として少年の髪型になったとされています。

武士の「髻」、時代劇でおなじみの結び目

「髻(もとどり)」は、髪を頭の上に集めて束ねたところ、つまり束ね目そのものを指す言葉です。

武士の象徴である丁髷(ちょんまげ)も、この髻があってこそ成立した髪型です。

ところが明治4年(1871年)の散髪脱刀令で、髷を切ることと刀を外すことが自由になりました。

コトバンクによると、散髪は文明開化の象徴として武士から商人・農民にも広まったとされ、これにより髻はみるみる姿を消していきました。

読めると一気に風流な漢字

・睫毛(まつげ):目のふちの毛
・鬢(びん):耳の上の髪
・髷(まげ):結った髪型の総称
・髱(たぼ):日本髪の後ろの突き出し
・顳顬(こめかみ):耳の上、脈打つ部分

まとめ

角髪は古代の成年男子から少年の髪型へ、髻は武士の象徴から明治の散髪脱刀令で姿を消すまで。

たった一字、二字の漢字のなかに、千年分の流行と政治の節目が同居しているというわけです。

参考

・コトバンク「美豆良(みずら)
・コトバンク「散髪脱刀令

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GLAM Entame Editorial

編集部

エンタメやカルチャーを入り口に、今を生きる大人の感性や知的好奇心を刺激する編集部チームです。話題のニュースやトレンド、SNSで広がるカルチャーから、思わず考えたくなる大人の常識クイズまで。楽しみながら学び、視野を広げられるコンテンツを通して、日常にちょっとした発見や会話のきっかけを届けています。ただ消費するだけのエンタメではなく、知ること・考えること・共有することを大切に。大人だからこそ楽しめるポップカルチャーを、発信しています。

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