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実はおなじみの天神・中洲・博多、福岡3地名の由来をのぞいたら菅原道真と那珂川につながった事情

実はおなじみの天神中洲博多福岡3地名の由来をのぞいたら菅原道真と那珂川につながった事情

天神・中洲・博多、福岡3地名のルーツをのぞいてみた

福岡を歩くと、天神でショッピング、中洲で屋台、博多駅で新幹線と、3つの地名が街の中で見事に役割分担をしています。

福岡市公式の「福岡歴史コラム」と中央区の「魅力発信」をのぞいてみたら、3つの名前が菅原道真や那珂川(なかがわ)の中州と地続きにつながった物語が見えてきました。

天神は水鏡天満宮(すいきょうてんまんぐう)から

九州最大の繁華街・天神。街の名前は、学問の神様・菅原道真をまつる水鏡天満宮(すいきょうてんまんぐう)に由来します。

延喜元年(901年)、京都から大宰府(だざいふ)へ左遷される途中の道真が、四十川(しじゅうがわ/現在の薬院新川)の水面に映ったやつれた自分の姿を見て嘆いたと伝わります。

慶長17年(1612年)、初代福岡藩主の黒田長政が現在地に社殿を移したことで、まわりは「天神町」と呼ばれるようになり、いまの地名の起こりになりました。

中洲は那珂川(なかがわ)と博多川に挟まれた中州

夜の福岡といえば中洲の屋台。地名のとおり、ここは那珂川(なかがわ)と博多川に挟まれた中州(なかす/川の中にできた島状の土地)でした。

もともとは「中之島」と呼ばれた地形で、1601年(慶長6年)、黒田長政が福岡城を築くにあたり、城下の「福岡」と商人の街「博多」をつなぐために中嶌橋(なかしまばし)を架けたのが街の始まりとされています。

地図を上から見れば、今もはっきり「中州」の形が残っているのが分かります。

博多は8世紀から続く湊(みなと)の名

3地名のなかで最も古いのが博多。

福岡市公式の「福岡歴史コラム」によれば、博多は古代からある地名で、8世紀の文献にはすでに登場するそうです。

もとは博多湾沿岸の広い地域を指す言葉で、語源は外海からくる船の停泊地といった地形にあるといわれます。明治の市議会で市の名は「福岡」に決まりましたが、博多はJR博多駅や博多区として残り、古代の湊(みなと)の名が現代の街にも生きているわけです。

まとめ

菅原道真の伝承から生まれた天神、那珂川と博多川に挟まれた中州、8世紀から続く湊の名・博多。福岡の3つの繁華街の名前は、それぞれが土地の記憶とつながっていたわけです。

参考:福岡市公式「福岡歴史コラム」

参考:福岡市中央区公式「魅力発信中央区 第11回 水鏡天満宮」

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GLAM Entame Editorial

編集部

エンタメやカルチャーを入り口に、今を生きる大人の感性や知的好奇心を刺激する編集部チームです。話題のニュースやトレンド、SNSで広がるカルチャーから、思わず考えたくなる大人の常識クイズまで。楽しみながら学び、視野を広げられるコンテンツを通して、日常にちょっとした発見や会話のきっかけを届けています。ただ消費するだけのエンタメではなく、知ること・考えること・共有することを大切に。大人だからこそ楽しめるポップカルチャーを、発信しています。

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