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現代のおよそ5倍!戦国の『武士』が毎日「米5合」を平らげていた!?おなじみの一汁一菜では語れない当時の食事情

戦国の武士は、1日に米5合を食べていた
「昔の人はよく米を食べた」とよく耳にしますが、具体的にどれくらいの量だったかは案外知られていません。
農林水産省「お米の重さとご飯の重さ」の解説をのぞいてみると、1合はおよそ150gとあります。
これを当時の記録と並べてみると、戦国〜江戸期の人々がいかに米を中心に暮らしていたかが浮かび上がってきました。
標準は「1日5合」
戦国から江戸期にかけて、成人男性の米消費量は1日およそ5合(約750g)とされます(諸説あり)。
炊くと2倍以上にふくらむので、お茶碗にしておよそ10杯分。
一方、現代の成人男性が1日に食べる米はお茶碗2杯ほどといわれます。
量にすると、当時はおよそ5倍。
当時は肉や乳製品が日常の食卓に乗ることはほとんどなく、味噌・漬物・干物に少しの野菜を添えて、必要なエネルギーを米でまかなっていた、というのが背景です。
戦場のお米「干飯」と「兵糧丸」
戦場の携行食もよく工夫されていました。
代表が、米を炊いて天日で乾かした「干飯(ほしいい)」。
軽くて日持ちし、水やお湯で戻して食べられました。さらに芋茎(いもがら、サトイモの茎)を味噌で煮て縄状に編んだ「芋がら縄」は、ほどいて鍋に入れれば即席の味噌汁になる優れもの。
「兵糧丸(ひょうろうがん)」は蕎麦粉・きな粉・はちみつなどを練り固めた小さな丸薬状の携帯食で、行軍中の素早い栄養補給に重宝されたといわれます。
「加賀百万石」は何人分?
米の単位「1石(こく)」は約150kgで、大人1人がおよそ1年に食べる量にあたるとされます。
となると、加賀百万石は単純計算で1人1年分の米を約100万人ぶん抱えていた藩、ということ。
戦国〜江戸期の日本の総人口は推定でおよそ1,200万〜3,000万人とされ、その規模感の大きさが伝わってきます。
「○○万石」の数字は、ただの広さではなく、何人を養えるかを示す物差しだったのです。
まとめ
1日5合の米を黙々と食べていた戦国の人々。
重い甲冑をまとい、何キロも歩いて戦場へ向かう日々を考えれば、納得の量だったのかもしれません。
おかずの少ない食卓を、米がしっかり支えていた時代だったというわけです。
参考
・農林水産省「お米の重さとご飯の重さの違いを教えてください」

GLAM Entame Editorial
編集部
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