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「そこ、どいてくれる?」歩くのもやっとの私に、席を譲れと迫る親子。絶体絶命の私を救った、ベテラン看護師の正論

「そこ、どいてくれる?」歩くのもやっとの私に、席を譲れと迫る親子。絶体絶命の私を救った、ベテラン看護師の正論
軋む膝と、冷たい影
膝の裏側に、熱を持った鉛を流し込まれたような感覚だった。
一歩、また一歩。床を踏みしめるたびに、神経を逆なでするような鋭い激痛が脳裏を突き抜ける。
私は重い足を引きずるようにして、ようやく目的の診察室前までたどり着いた。
予約時間にはまだ早いが、これ以上立っているのは限界だった。
「……っ、やっと座れる……」
隅にあるソファへ、崩れ落ちるように深く腰を下ろす。患部をかばいながら、荒くなった呼吸を整えていた、その時だ。
「ちょっと、そこ。どいてくれない?」
頭上から降ってきたのは、温度の感じられない平坦な声だった。
顔を上げると、そこには派手な装いに身を包んだ女性と、その傍らで退屈そうにスマートフォンをいじる中学生くらいの少女が立っていた。
「……私、のことでしょうか?」
「そう。ここに座りたいのよ。他へ行ってくれるかしら」
女性の眼差しは、私の足の状態など視界に入っていないかのように冷ややかで、その要求はお願いではなく、当然の権利を主張するような傲慢さに満ちていた。
困惑して周囲を見渡せば、すぐ数メートル先には親子で並んで座れる空席がいくつも放置されている。しかも、彼女たちが手にした受付票に記された診察室は、ここから遠く離れた別のブロックだ。
(どうして……。他にも席はたくさんあるのに、なぜわざわざここなの?)
困惑と疑問が渦巻くが、女性は仁王立ちのまま私を見下ろし、早く動けと言わんばかりに爪先で床を鳴らしている。隣の娘は、母の振る舞いを止めるどころか、私を嘲笑うように鼻で短く笑った。
悔しさと情けなさ、そして引かない痛みに指先を震わせながら、私は手すりに力を込めた。無理をしてでも、この場を去るしかないのか。
そう諦めかけた、その瞬間だった。
毅然とした救い
「お待ちください!そこで何をしているんですか!」
待合室の静寂を切り裂くように、凛とした声が響き渡った。
声の主は、ベテランの看護師だった。
彼女は、私の膝の病状を深く理解してくれている担当者だ。
「あ……いえ、別に。ただ席を替わってもらおうとしただけで……」
先ほどまでの威圧感はどこへやら、看護師の気迫に押された女性が言葉を濁す。しかし、看護師の追及は止まらなかった。
「この患者様は膝をひどく痛めておられ、歩行すら困難な状態です。すぐ隣に空席がいくつもありますよね? 苦痛に耐えながら順番を待っている方を立たせてまで、ここに固執される理由は何でしょうか」
看護師の毅然とした指摘に、周囲の患者たちの視線が一斉に親子へ注がれた。
「なんて人たち……」「わざわざあんな不自由な方に絡むなんて」
冷ややかな囁き声が波紋のように広がり、待合室の空気は一変する。
「……っ、そんなに酷いなんて知らないわよ! 行くわよ!」
顔を真っ赤に染めた女性は、吐き捨てるように言うと、娘の腕を強く引いて逃げるように別のフロアへと去っていった。
「大丈夫ですか? 災難でしたね。お痛み、強くなっておられませんか?」
看護師が私の隣に屈み、優しく声をかけてくれる。その温かな響きに、強張っていた私の心はふっと解けていくようだった。
なぜ彼女たちが私に執着したのか、その理由は最後までわからなかった。けれど、あの時、不条理な要求に屈しなくて本当によかったと思う。
看護師さんが守ってくれたのは、私の席だけではない。踏みにじられそうになった「尊厳」そのものだったのだから。
あの帰り道、引きずる足取りは、来た時よりも不思議と少しだけ軽くなっていた。
※GLAMが独自に実施したアンケートで集めた、50代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

GLAM Lifestyle Editorial
編集部
日々の暮らしや選択を通して生まれる気持ちの変化に目を向け、人生を自分らしく整えていくヒントを届ける編集部チームです。仕事や人間関係、暮らしの質、価値観の揺らぎ。さまざまなテーマを横断しながら、今の自分にとって心地よい選択とは何かを考え、無理のない距離感で情報を発信しています。ときには短編小説の力も借りながら、日常にそっと寄り添い、気持ちを軽くするようなライフスタイルコンテンツをお届けします。
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