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1954年開業の『名古屋テレビ塔』は東京タワーより4年も先輩!複数のテレビ局の電波を1つにまとめた日本初の塔だった
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名古屋テレビ塔は、東京タワーより4年も先輩でした
日本初のテレビ塔と聞いて、東京タワーを思い浮かべる方も多いかもしれません。
ところが正解は名古屋テレビ塔(中部電力MIRAI TOWER)。
中部電力MIRAI TOWER公式「当タワーの歴史」をのぞいてみると、1954年開業で東京タワー(1958年)より4年も先輩。
しかも「日本初の集約電波鉄塔」という静かな記録を抱えていることが見えてきました。
1954年6月20日開業、高さ180メートル
名古屋テレビ塔の開業は1954年6月20日。
高さ180メートルで、当時は「東洋一の高さ」を誇り「東洋のエッフェル塔」とも呼ばれたとされています。
「集約電波鉄塔」とは、複数のテレビ局やラジオ局の電波を1つの塔にまとめて発信する施設のこと。
それまでは各局がそれぞれ送信所を持つのが一般的でしたが、この方式を日本で最初に実現したのが名古屋テレビ塔とされています。
設計は内藤多仲、東京タワーの4年前
設計を手がけたのは内藤多仲(ないとう・たちゅう)工学博士。
「塔博士」と呼ばれた構造設計の第一人者で、のちに東京タワーやさっぽろテレビ塔も設計する人物です。
つまり東京タワー(1958年開業)の設計者は、その4年前に名古屋テレビ塔(1954年開業)で集約電波鉄塔の経験をすでに積んでいたことになります。
名古屋、さっぽろ、東京と続く流れを見ると、戦後の電波塔の系譜は名古屋からスタートしていたことがわかります。
2011年に役目を終え、2022年には全国初の重要文化財に
中部電力MIRAI TOWER公式によると、2011年のアナログ放送終了とともに、名古屋テレビ塔は集約電波鉄塔としての役割を終え、観光タワーとして新たな一歩を歩み始めたとされています。
その後、2005年に「全国のタワーで初」となる国の登録有形文化財に認定され、さらに2022年12月12日には、これも「全国のタワーで初」の国の重要文化財に指定されました。
電波塔としての役目を終えたあとも、文化財として新たな記録を積み重ねているというわけです。
まとめ
東京タワーより4年も先輩、日本初の集約電波鉄塔、そしてタワーとして全国初の重要文化財。
名古屋テレビ塔は、電波塔としての役割を終えたあとも「日本初」の記録を積み重ねてきた建造物だったというわけです。
参考
・中部電力MIRAI TOWER 公式「当タワーの歴史」

GLAM Entame Editorial
編集部
エンタメやカルチャーを入り口に、今を生きる大人の感性や知的好奇心を刺激する編集部チームです。話題のニュースやトレンド、SNSで広がるカルチャーから、思わず考えたくなる大人の常識クイズまで。楽しみながら学び、視野を広げられるコンテンツを通して、日常にちょっとした発見や会話のきっかけを届けています。ただ消費するだけのエンタメではなく、知ること・考えること・共有することを大切に。大人だからこそ楽しめるポップカルチャーを、発信しています。
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