Share
火曜日だけ名前を間違える彼ーー名前を呼び間違える彼にブチギレ寸前。だけど最後に泣いたのは私だった【短編小説】

火曜日だけ、彼は私の名前を間違える
「おはよう、美咲」
え?
私は遥(はるか)だ。
彼――優斗と付き合って2年、同棲して1年。なのに、今朝もまた、火曜日だけ、私の名前を“美咲”と呼ぶ。
「また間違ってるよ、私“遥”って言ったでしょ」
「……あ、ごめん、ついクセで」
ごまかすように笑う彼。
最初は軽い言い間違いだと思っていた。でも、それが毎週火曜日だけとなると、話は別だ。
「美咲って誰?」
問い詰めても、「前のバイト先の同僚」「中学の先輩」など曖昧な返事しか返ってこない。
浮気?過去の女?それとも――記憶障害?
疑念が日ごとに膨らんでいく。
火曜日に優しくなる謎の彼
火曜日のたびに冷たくなる私と、優しくなる彼
不思議だったのは、名前を間違える火曜日だけ、彼がやたら優しくなることだった。
朝は必ず私より早く起きて朝食を作ってくれる。
洗濯物も片付け、スーパーの特売までチェックして買い物を済ませてくる。
「なんか今日だけ完璧じゃん」
「うーん、火曜日は“ちょっと特別”な気がして」
彼はそう言って、はにかんだ。
私には意味がわからなかった。
疑って、調べて、つきつけて――でも何も出てこなかった
私はSNSも、LINEのトーク履歴もこっそり見た。
“美咲”という名前の人物とは一切連絡を取っていなかった。
スマホの写真フォルダにも、怪しい女性の影はない。
でも火曜日になると、確実に“私”じゃない名前を呼ぶ。
「わざとなの?私のこと、なんだと思ってるの?」
とうとう私の方が壊れかけて、泣いた夜。
彼はしばらく黙って、ポツリとこう言った。
「じゃあ、来週の火曜日。絶対に休み取ってほしい」
10年前の約束
その日、私は指定された場所――市立図書館の裏手にある、小さな公園に連れていかれた。
平日の昼間、人影はほとんどない。
「ここ、10年前に来たことある?」
「……え?」
言われて周囲を見渡したとき、ふと記憶の奥がざわめいた。
ブランコ。すべり台。桜の木の下に置かれたベンチ。
確かに、私は――ここに来たことがある。
でも、それはいつ?誰と?
優斗が、ポケットから小さなスケッチブックを取り出した。
中には、子どもらしい字で書かれたメモが挟まれていた。
『火曜日の午後3時、この公園でまた会おう。10年後、絶対ここにいるから。
美咲より』
それを見た瞬間、涙があふれた。
私の“昔の名前”は、美咲だった
小学5年生の夏、引っ越すことが決まった私は、当時仲良くなった男の子に、そう書き残した。
「10年後、またここで会おう」
でも、その約束は果たされなかった。
私は引っ越した後に改姓され、名前が“遥”に変わった。
連絡先も、住所も全部変わって、あのときの約束は忘れ去られた――はずだった。
「俺、火曜日になると、ふと思い出すんだ。
“美咲って子に、俺、10年後に会うって言われたな”って。」
「……覚えてたの?」
「覚えてたっていうか、火曜日だけ、“美咲”って名前が浮かぶんだ。で、お前を見ると――あれ?って思って。」
名前を間違えてたんじゃない
心が、ちゃんと覚えてたんだ
あの約束の日から、10年。
彼は忘れていなかった。
私たちはもう一度、火曜日の午後3時に出会った。
名前は変わっても、顔も少し大人びていても、心の奥で何かが繋がっていた。
「ごめんね、美咲――いや、遥」
「どっちでもいいよ。今日だけは、“美咲”でもいいよ」
私はそう言って笑った。
火曜日が、ちょっと好きになった気がした。
Feature
おすすめ記事