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『放出』『立売堀』『喜連瓜破』!大阪人でも詰まる難読地名に、古代から戦国まで歴史が詰まっていた

大阪の難読地名、その背景に古代から戦国までの歴史
大阪を旅すると、駅の電光掲示板で「えっ、これ何て読むの?」と固まる地名にいくつも出くわします。
放出(はなてん)、立売堀(いたちぼり)、喜連瓜破(きれうりわり)…地元の人でも初見では詰まる難読ぶり。
今回由来を調べてみたら、古代の渡来人から戦国の大坂の陣まで、歴史の層がぎっしり重なっていました。
放出(はなてん)、神剣を放った伝承
「放出」と書いて「はなてん」と読みます。
由来には諸説あり、地形が突き出ていた「鼻天」が転訛した説、水門から水を放出した説、そして神剣を川に放り投げた伝承から来た説などが伝わります。
古代の地名がそのまま現代の駅名として残っているのが、大阪の面白いところです。
立売堀(いたちぼり)は大坂の陣の名残
「立売堀」と書いて「いたちぼり」。
この読みのからくりは戦国期にさかのぼります。大坂の陣の際、仙台藩・伊達家が築いた「伊達堀(だてぼり)」が訛って「いたちぼり」になり、後に材木市場が立ったため「立売」の字が当てられたとされています。
「伊達→いたち→立売」と、音と漢字が二段階で変化したのです。
喜連瓜破(きれうりわり)は渡来人と弘法大師
大阪の難読地名の代表格が、地下鉄谷町線の駅にもなっている「喜連瓜破」。
「喜連」は古代中国の呉(くれ)から伝来した渡来人地名と伝えられ、「瓜破」のほうは弘法大師(空海)が通った際、村人が瓜を割って献上した伝承から来ているとされます。
御幣島(みてじま)、十三(じゅうそう)、杭全(くまた)、毛馬(けま)など、近隣にも古代起源の難読地名がずらり。大阪の地下を走る電車は、地名の博物館のような顔を持っているのです。
まとめ
大阪人でも詰まる難読地名の数々に、古代から戦国までの歴史がしっかり詰まっていました。
次に大阪に行く機会があったら、ぜひ駅名表示をクイズのように眺めてみてください。一駅ごとに歴史の地層が顔をのぞかせます。
参考:「TABIZINE 大阪の難読地名 喜連瓜破、百舌鳥、放出」

GLAM Entame Editorial
編集部
エンタメやカルチャーを入り口に、今を生きる大人の感性や知的好奇心を刺激する編集部チームです。話題のニュースやトレンド、SNSで広がるカルチャーから、思わず考えたくなる大人の常識クイズまで。楽しみながら学び、視野を広げられるコンテンツを通して、日常にちょっとした発見や会話のきっかけを届けています。ただ消費するだけのエンタメではなく、知ること・考えること・共有することを大切に。大人だからこそ楽しめるポップカルチャーを、発信しています。
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