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節分の豆まき、おなじみの家庭行事と思いきや実は1300年以上前の中国宮中の鬼祓いがルーツだったという意外な真相

節分の豆まき、おなじみの家庭行事と思いきや実は1300年以上前の中国宮中の鬼祓いがルーツだったという意外な真相
節分の豆まきおなじみの家庭行事と思いきや実は1300年以上前の中国宮中の鬼祓いがルーツだったという意外な真相

節分の豆まき、家庭行事の前にあった意外な姿

節分といえば、「鬼は外、福は内」と豆をまく、昔からなじみのある年中行事です。子どもの頃に家族で豆をまいた記憶や、年の数だけ豆を食べた思い出がある人も多いのではないでしょうか。そんな身近な行事の由来をたどってみると、家庭の風景とは少し違う、宮中の鬼祓い儀式とのつながりが見えてきます。現在の豆まきには、1300年以上前に中国から伝わった厄祓いの名残があるとされています。

もとは年4回あった「節分」

そもそも「節分」とは、季節の変わり目のことです。立春・立夏・立秋・立冬という、暦の上で春夏秋冬がはじまる日の前日を指す言葉で、もとは1年に4回ありました。現在のように立春の前日(2月3日ごろ)だけを節分と呼ぶようになったのは、江戸時代ごろからといわれています。立春は新しい1年のはじまりにあたる日。その前日はとくに大事な節目とされていたため、少しずつ「節分といえばこの日」というイメージが定着していきました。

背景にある中国伝来の宮中儀式「追儺」

豆まきの背景にあるのが、中国から伝わった「追儺(ついな)」という儀式です。読んで字のごとく、悪い気や鬼を追い払うための行事で、もともとは中国の宮中で大晦日に行われていました。日本でも取り入れられ、奈良時代の歴史書『続日本紀』には、706年に追儺が行われたという記録が残っています。今から1300年以上前のお話です。平安時代に入ると、追儺は宮中の年中行事として続けられ、「鬼やらい」とも呼ばれるようになりました。やがてこの儀式が、立春前夜の節分の行事と少しずつ結びつき、豆をまいて鬼を払う今の形につながっていったといわれています。

「魔を滅する」豆の語呂合わせ

では、なぜ「豆」なのでしょうか。これには諸説あって、「魔目(まめ)を打って鬼の目をつぶす」「魔を滅する=魔滅(まめつ)」という語呂合わせの説や、五穀(米・麦・粟・豆・きび)のひとつである豆には邪気を払う力があると考えられてきた、という見方が知られています。「鬼は外、福は内」というおなじみの掛け声についても、室町時代の禅僧が書き残した日記『臥雲日件録(がうんにっけんろく)』にすでに登場しています。1447年12月22日のページに、「明日は立春なので、夕方に家ごとに豆をまき『鬼は外、福は内』と唱える」という意味の記述が見られます。今夜、家でひとつぶ豆をまくとき、そこにはこんな長い時間が重なっている。そう思うと、いつもの節分も少し違って見えてきそうです。

参考

・国立国会図書館「本の万華鏡 第21回 大豆 第1章 節分と豆まき」:https://www.ndl.go.jp/kaleido/entry/21/1.html
・吉田神社公式「吉田神社における節分祭」:https://www.yoshidajinja.com/setubunsai.htm

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GLAM Entame Editorial

編集部

エンタメやカルチャーを入り口に、今を生きる大人の感性や知的好奇心を刺激する編集部チームです。話題のニュースやトレンド、SNSで広がるカルチャーから、思わず考えたくなる大人の常識クイズまで。楽しみながら学び、視野を広げられるコンテンツを通して、日常にちょっとした発見や会話のきっかけを届けています。ただ消費するだけのエンタメではなく、知ること・考えること・共有することを大切に。大人だからこそ楽しめるポップカルチャーを、発信しています。

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