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カステラの名前、実は中世スペインの王国由来?長崎で和菓子として根づいた意外な歴史

和菓子の顔『カステラ』、名前は遠いヨーロッパから
長崎土産といえば、カステラ。あの黄色い生地は、すっかり日本の和菓子として定着しています。子どもの頃から食べてきた人も多いかもしれません。ところが名前の由来をたどってみると、思いがけずヨーロッパの中世の王国に行き着きます。
語源は中世スペインの「カスティーリャ王国」
「カステラ」という名前は、中世イベリア半島にあった「カスティーリャ王国」に由来するといわれています。カスティーリャ王国は、のちのスペイン成立につながる重要な王国のひとつです。
長崎市の解説によると、当時の日本人がお菓子の名前を尋ねた際、ポルトガル人が「カスティーリャ王国のお菓子だ」と答えたことが、名前の由来になったとされています。
つまり、いま私たちが「カステラ」と呼んでいる名前には、遠いヨーロッパの地名が残っているのです。
16世紀、南蛮貿易とともに日本へ
カステラが日本に伝わったのは、16世紀後半。織田信長や豊臣秀吉が生きた安土桃山時代のころでした。
1549年には、スペイン生まれの宣教師フランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸します。翌1550年には、長崎県の平戸にポルトガル船が来航しました。こうしたポルトガル人宣教師や商人との交流のなかで、カステラを含む南蛮菓子の製法が日本に伝わったとされています。
当時の砂糖はとても貴重でした。卵、砂糖、小麦粉を使った甘い菓子は、今のように気軽に食べられるものではなく、大名や上流階級にも喜ばれる特別なごちそうでした。
日本で育った「長崎カステラ」
日本に伝わったカステラは、その後、長崎で独自に発展していきました。水あめやザラメを加え、しっとりした食感に仕上げるなど、いま私たちが思い浮かべる「長崎カステラ」の形へと整っていきます。
一方で、名前の由来となったヨーロッパ側では、現在「カステラ」という名前のお菓子は一般的ではありません。スペインやポルトガルには似た菓子はありますが、日本で知られるカステラは、日本、とくに長崎で育った菓子だといえます。
まとめ
長崎土産のあの一切れには、500年近く前にイベリア半島から海を渡ってきた歴史が重なっています。次にカステラを食べるとき、その名前のもとが中世スペインの王国にあると思うと、いつもの一口がほんの少し違って味わえそうです。
参考
・国立国会図書館レファレンス協同データベース「カステラはポルトガルから長崎に伝来したと言われるが、どのようにして入ってきて、どのようにして作られているのか」:https://crd.ndl.go.jp/reference/entry/index.php?page=ref_view&id=1000077165
・長崎市公式「長崎名物『カステラ』の名前の由来は?」:https://www.city.nagasaki.lg.jp/site/kodomo/60691.html

GLAM Entame Editorial
編集部
エンタメやカルチャーを入り口に、今を生きる大人の感性や知的好奇心を刺激する編集部チームです。話題のニュースやトレンド、SNSで広がるカルチャーから、思わず考えたくなる大人の常識クイズまで。楽しみながら学び、視野を広げられるコンテンツを通して、日常にちょっとした発見や会話のきっかけを届けています。ただ消費するだけのエンタメではなく、知ること・考えること・共有することを大切に。大人だからこそ楽しめるポップカルチャーを、発信しています。
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