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「奢りですよね?」高級ディナーで領収書を要求した男。全額を奪い返した衝撃の一言[短編小説]

「はじめまして、ミキです」
「ソウタです。お会いできて嬉しいです」
知人の紹介で出会ったソウタさんは、まさに絵に描いたようなエリートでした。大手商社に勤め、身のこなしはスマート。彼が予約してくれたのは、自分では決して足を踏み入れられないような、丸の内にある高級フレンチレストランでした。
きらびやかな夜景をバックに、ワインや美食について楽しそうに語る彼。私は、久しぶりに訪れた素敵な出会いに、胸をときめかせていました。そう、あのデザートが運ばれてくるまでは。
彼の本性が現れた「奢りですよね?」の一言
食事が終わり、美しいデザートプレートがテーブルに並んだ時でした。ソウタさんはにこやかな笑みを浮かべたまま、私にこう言ったのです。
「いやー、本当に楽しい夜だなあ。もちろん、ここはミキさんの奢りですよね?こんな素敵なお店に誘ってくれたんですから」
「……え?」
一瞬、何を言われたのか理解できませんでした。冗談かと思いましたが、彼の目は真剣そのもの。私が「食事に行こう」と最初に声をかけたのだから、支払うのは私であるべきだ、というのが彼の理屈のようでした。
あまりの言い分に言葉を失いましたが、お店の雰囲気も相まって、ここで揉めるのは避けたい。私は悔しさを押し殺し、「…ええ、そうですね」と力なく頷いてしまいました。高額なディナー代を全額支払うことになった事実に、目の前のデザートは砂のように味気なく感じられました。
侮辱の追い打ち、まさかの「領収書」要求
私がウェイターを呼び、会計をお願いすると、テーブルに置かれた伝票の金額は約4万円。目眩がしそうな金額に動揺を隠しつつ、私は財布からクレジットカードを取り出しました。
しかし、私がカードを渡そうとしたその瞬間、ソウタさんが信じられない言葉でウェイターを呼び止めたのです。
「あ、すみません。領収書、いただけますか?宛名は『株式会社グローバル商事』でお願いします」
──グローバル商事。それは、彼の勤務先である会社の名前。
この男、私に全額支払わせた上に、それを会社の経費として精算し、懐に入れようとしている…!
そのあまりの厚かましさと侮辱に、私の中で何かがプツリと切れました。怒りを通り越して、頭は氷のように冷静になっていきます。そして、私の口から出たのは、自分でも驚くほど落ち着いた声でした。
形勢逆転、全てを奪い返した「衝撃の一言」
「申し訳ありません、一度そのお支払いをキャンセルしていただけますか?」
にこやかにウェイターにそう告げると、私は呆気に取られているソウタさんに向き直りました。そして、はっきりと、レストランの静寂に響く声で言ったのです。
「そうですよね、経費で落ちるなら話は別です。では、本日のこのお食事は、私から御社への『ご接待』ということで、よろしいでしょうか?」
「は?…あ、ああ、まあ…」
意味がわからず、戸惑いながらも頷くソウタさん。私はさらに、完璧な営業スマイルで畳み掛けました。
「承知いたしました。では後日、今回の『ご接待』の費用4万円を、私個人の名義で、御社の経理部宛に正式にご請求させていただきます。もちろん、ご担当者であるソウタ様の承認印が必要かと思いますので、お名刺を頂戴できますでしょうか?」
惨めな男の末路
私の言葉の意味を理解した瞬間、ソウタさんの顔は見る見るうちに青ざめ、やがて屈辱で真っ赤に染まっていきました。
自分の会社の経理部に、デート相手の女性から「接待費」の請求書が届く。そんな前代未聞のスキャンダルが、彼の頭をよぎったのでしょう。彼のプライドも、エリートとしての立場も、全てが崩れ落ちる音が聞こえるようでした。
「お名刺、いただけませんか?」と私がダメ押しの一言を告げると、彼は蚊の鳴くような声で「…わかった、俺が払う」と呟き、自分のカードをひったくるようにしてウェイターに突きつけました。
会計を終え、俯く彼の姿を横目に、私はすっと立ち上がります。
「大変、美味しゅうございました。ごちそうさまでした」
人生で一番、心のこもった「ごちそうさま」を彼にプレゼントし、私は颯爽とレストランを後にしました。
あの夜景の美しさを思い出すことはもうありません。ですが、自分の尊厳を、そして支払うはずだった4万円を、たった一言で奪い返したあの瞬間の高揚感は、きっと一生忘れないでしょう。
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