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『一緒にいても楽しくない』と別れを告げられた夜。数年後、再会した彼が縋った言葉【短編小説】

底なしの絶望、それが私の第二の人生の始まりでした。
『一緒にいても楽しくないんだ。ごめん』
三年前の冬の夜、当時付き合っていた彼、拓也にそう言われ、私の世界は終わりを告げました。
当時の私は、彼が全てでした。
彼に好かれることだけを考え、自分の趣味も、自分の時間も、すべてを彼に捧げていました。
そんな私に彼が下した評価が、「楽しくない」という一言。
私は、自分自身が空っぽになってしまっていたことに、その時初めて気がついたのです。
もう誰かのためじゃない、私自身が「楽しい」と思える人生を生きよう。
そう固く決意したのです。
それから私は、がむしゃらに行動しました。
ずっとやってみたかった一人旅に出て、新しい景色を見ました。
仕事に打ち込み、大きなプロジェクトを成功させ、昇進もしました。
ヨガを始め、たくさんの友人ができました。
彼を失ったことで、私は皮肉にも、「自分」という人間を取り戻していったのです。
偶然再開したのは私を捨てた彼でした
そして、先日。
私は拓也と、数年ぶりに偶然再会しました。
カフェで本を読んでいる私に、彼が声をかけてきたのです。
彼は、少し疲れた顔をしていました。
ぎこちない会話の中、彼は私の今の暮らしぶりを聞き、羨ましそうに目を伏せます。
そして、彼は、消え入りそうな声で、私にこう言いました。
「なあ、栞…。もう一度、やり直せないかな。今の栞といたら、きっと、毎日が楽しいと思うんだ」
その言葉を聞いた瞬間、三年前のあの夜の記憶が、鮮明に蘇りました。
あの時、私から「楽しさ」を奪っていった彼が、今度は私に「楽しさ」を求めて、必死に手を伸ばしている。
私は、静かに微笑んで、首を横に振りました。
「ごめんなさい。私は今、一人でいるのが、最高に楽しいから」
そう言って席を立った私を、彼は引き止めることができませんでした。
彼が「楽しくない」と切り捨てた空っぽの私を捨てたからこそ、私は、誰の目も気にせず笑える「楽しい」自分になることができたのですから。
本記事はフィクションです。物語の登場人物、団体、名称、および事件はすべて架空のものであり、実在のものとは一切関係ありません。
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