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年収詐称男から高級ブランドの請求書。「伝票ブーメラン」で全額返金させた手口[短編小説]

「はじめまして、健司です。外資系コンサルで働いてます」
マッチングアプリの画面に映る爽やかな笑顔と、輝かしい経歴。プロフィールには「年収2000万円」「港区のタワマン在住」の文字が並び、私の心は一瞬で高鳴りました。
実際に会った健司さんは、プロフィール通りの完璧な男性でした。スマートな会話、さりげないレディファースト、そしてデート代は全て彼持ち。「仕事で大きなプロジェクトを成功させたばかりでね」と語る彼に、私はすっかり夢中になっていきました。
巧妙な罠と、30万円の請求書
運命の出会いから1ヶ月が経った頃。その日も、私たちは銀座でディナーを楽しんでいました。
「この後、俺の行きつけのセレクトショップに寄らない?君に似合いそうなバッグがあって」
彼の甘い誘いに乗り、連れて行かれたのは、ため息が出るような高級ブランドが並ぶお店。そこで彼は、美しいブルーのハンドバッグを手に取り、私の肩にかけました。
「やっぱり、すごく似合う。いつも頑張ってる君へのプレゼントだよ」
舞い上がる私。しかし、彼の次の言葉に、私は一瞬で現実に引き戻されます。
「ごめん!今日に限って、会社のカードも個人のカードも限度額いっぱいまで使っちゃってて…悪いけど、一時的に立て替えておいてくれないかな?もちろん、代金はすぐに返すから」
彼の真剣な眼差しと、「プレゼント」という言葉を信じ切っていた私は、「もちろん!」と笑顔で答え、自分のカードで30万円の支払いをしたのです。それが、地獄への入り口とも知らずに。
次々と暴かれる嘘。彼は一体、誰?
その日を境に、健司さんからの連絡は目に見えて減っていきました。立て替えたお金の話を切り出すと、「今、海外出張が立て込んでて」「経費の精算が遅れてるんだ」と、言い訳ばかりが返ってくるように。
言いようのない不安に駆られた私は、彼のフルネームや会社名をネットで検索しました。しかし、検索結果は「該当者なし」。彼が自慢していたタワマンも、SNSの投稿も、全てが作り話だったのです。
彼は、誰? 私が恋していたあの完璧な男性は、どこにも存在しませんでした。 残ったのは、リボ払いにした30万円という重すぎる現実と、カードの請求日だけが刻々と迫ってくる焦りだけでした。
泣き寝入りはしない。反撃の「伝票ブーメラン」計画
警察に相談しても「男女間の金銭トラブル」として、すぐには動いてもらえないかもしれない。悔しくて、情けなくて、涙が止まりませんでした。でも、このまま泣き寝入りなんて絶対にしない。
私は冷静に、彼から聞いた数少ない「本当の情報」を思い出そうとしました。そして、一つだけ思い当たったのです。彼が唯一、常連のように語っていた西麻布の小さなバー。そこなら、彼に会えるかもしれない。
私はスマホを手に取り、健気な女性を演じて彼にLINEを送りました。
『お金のことはもういいの。でも、最後に一度だけ、ちゃんとお話がしたいな』
数日後、油断した彼から「わかった。例のバーで」と返信が。──罠にかかった。
ここからが、私の復讐劇、「伝票ブーメラン」作戦の始まりです。
全額回収。これが私の”お返し”
バーで待っていた私に、彼は悪びれもなく「やあ」と声をかけてきました。 私は笑顔で迎え入れ、「今までのお礼に、今夜は私がご馳走するね」と宣言。彼は嬉々として、高級なシャンパンやウイスキーを次々と注文し始めました。
彼がすっかり酔いの回った頃、私は「お手洗いに行ってくるね」と席を立ち、店のマスターの元へ。実は事前に店を訪れ、事情を説明して協力を取り付けていたのです。
私はマスターに、立て替えたバッグ代とほぼ同額になるよう、お店で最も高価なウイスキーのボトルを数本、「彼のツケ」で注文しました。
「この伝票、彼が帰る時にお渡しください。『彼女さんからのプレゼントです』と伝えて」
そう言い残し、私は彼の元へは戻らず、静かに店を後にしました。
翌日、彼から「どういうことだ!」「ふざけるな!」と怒りのLINEが殺到。私は、彼に送ってもらったブランドバッグの写真と共に、たった一言だけ返信しました。
『あなたが私にくれた伝票と、私があなたに贈った伝票。これで、おあいこですね』
それきり、彼からの連絡は一切途絶えました。甘い言葉の裏に隠された嘘と、人を安易に信じることの代償。30万円はあまりに高い授業料でしたが、自分の手で正義を取り戻したあの夜のことは、きっと一生忘れないでしょう。
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