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「たまの贅沢としては最高じゃないか」夫婦水入らずの旅行。だが、突如訪れた喧騒。幸せな時間は長くは続かなかった

「たまの贅沢としては最高じゃないか」夫婦水入らずの旅行。だが、突如訪れた喧騒。幸せな時間は長くは続かなかった

期待に満ちた滑り出し

平日の午前、名古屋駅のホーム。

滑り込んできた大阪行きの特急列車に、私と妻は胸を高鳴らせて乗り込んだ。

今回は久しぶりの夫婦水入らずの旅行。奮発して確保したのは、普段なら素通りするような特別指定席だ。

「見て、このシート。身体が沈み込むみたいにふかふかだわ」

妻が少女のように瞳を輝かせながら、座席に身を預ける。

「一番前の展望席は叶わなかったが、この重厚感なら十分だな。たまの贅沢としては最高じゃないか」

車内には、高級ホテルのラウンジを思わせるような、しっとりと落ち着いた空気が流れていた。

私たちはこれから始まる「何もしない贅沢」を確信し、ゆったりと深く腰を下ろした。

招かれざる「宴」の始まり

しかし、出発を告げるアナウンスが流れる直前だった。

先頭車両のデッキから、その静寂を物理的に押しつぶすような喧騒がなだれ込んできた。8人ほどの女性グループだ。

「あんた、こっち来なさいよ! 早く早く!」

「ちょっと! 久しぶりじゃない、元気だったの!?」

「アハハハ! 凄いわね、この椅子!」

彼女たちは私たちの数列前、3列目あたりに陣取るなり、まるで自宅の居間で寛いでいるかのような大音量で喋り始めた。

名古屋駅を出発しても、その「井戸端会議」にブレーキがかかる気配はない。

車内全体に彼女たちの私生活のエピソードが響き渡り、本来あるべき優雅なBGMは完全に消し去られた。

「……少し、賑やかすぎるわね」

窓の外の景色を楽しもうとしていた妻が、困ったように眉をひそめる。

「まあ、列車が動き出して落ち着けば、少しはマシになるさ」

私は妻を、そして自分自身をなだめるように答えた。だが、その期待は残酷なまでに裏切られることになる。

忍耐の1時間

出発から30分。

列車の速度が上がるにつれ、彼女たちの興奮もまた加速していくようだった。

笑い声は鋭く空気を切り裂き、隣に座る妻との会話さえ、声を張らなければ届かない。

周りを見渡せば、他の乗客たちも明らかに苛立っていた。

本を閉じる者、耳を塞ぐようにイヤホンを押し込む者。

誰もが「いい加減にしてくれ」という冷ややかな視線を送っているが、集団心理で盛り上がる彼女たちには届かない。

直接注意して逆上されるのも恐ろしい。車内には、怒りと諦めが混ざり合った、逃げ場のない重苦しい空気が充満していた。

結局、私たちは一言も交わせないまま、ただ座席を握りしめて時間が過ぎるのを待つしかなかった。

騒乱が1時間を超えた頃、救世主が現れた。巡回にやってきた車掌だ。

後方の席の乗客が、たまらずといった様子で車掌を呼び止めているのが見えた。

車掌がこちらへ近づいてきた際、私も意を決して、縋るような思いで声をかけた。

「すみません……。あの、前方の方々の声が、少しばかり大きすぎて……。注意していただけませんか」

車掌は状況を察したように深く頷き、「誠に申し訳ございません。すぐに対処してまいります」と、低く丁寧な声で返してくれた。

先頭へと歩み寄った車掌が、彼女たちにやんわりと、しかし毅然とした態度で声をかける。

すると、あの大爆笑が魔法のようにぴたりと止まった。それからは一転して、聞き取れないほどのひそひそ話へと変わった。

皮肉なことに、ようやく訪れた「静寂」のなかで、彼女たちはそれから30分ほどで途中の駅へと降りていった。

「やっと……静かになったわね。なんだか、大阪に着く前に疲れちゃったわ」

ぐったりと肩を落とす妻。私も同じだった。

大阪までの2時間。その半分以上の時間を、私たちは不快な騒音を耐えるためだけに費やしてしまったのだ。

目的地が近づくにつれ、私の心にはある言葉が浮かんできた。

『人のふり見て我がふり直せ』。

確かに彼女たちのマナーは目に余るものだった。

けれど、もし自分たちも仲の良い友人と旅に出て、気分が高揚していたらどうだろうか。無意識のうちに、周囲を置き去りにして盛り上がってしまわないだろうか。

公共の場という、見知らぬ誰かと空間を共有する場所での作法。それはルール以前の、相手への想像力なのだ。

「私たちは、静かな旅を楽しもうな」

そう妻に語りかけた時、窓の外には大阪の街並みが広がり始めていた。

せっかくの贅沢が少しだけ苦い味に変わってしまったけれど、この教訓だけは、これからの私たちの旅の指針として大切に持ち帰ろうと思う。

※GLAMが独自に実施したアンケートで集めた、60代・男性読者様の体験談をもとに記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

PROFILE

GLAM Lifestyle Editorial

編集部

日々の暮らしや選択を通して生まれる気持ちの変化に目を向け、人生を自分らしく整えていくヒントを届ける編集部チームです。仕事や人間関係、暮らしの質、価値観の揺らぎ。さまざまなテーマを横断しながら、今の自分にとって心地よい選択とは何かを考え、無理のない距離感で情報を発信しています。ときには短編小説の力も借りながら、日常にそっと寄り添い、気持ちを軽くするようなライフスタイルコンテンツをお届けします。

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