Share
『仕事が長引いた』と嘘をついた彼。スーツのポケットに潜んでいたカードキーが全てを語った【短編小説】

その日、彼は「仕事が長引いたから」と短いメッセージを送ってきました。
普段から残業が多い人だったので、私は特に疑いもせず「頑張ってね」とだけ返しました。
けれど、深夜近くになって帰宅した彼の表情は、どこかぎこちなく、笑顔もどこか引きつって見えました。
「会議が長引いたんだ」と言う声にも、ほんの少しの間がありました。私は「お疲れさま」と笑顔で応じましたが、胸の奥には小さな違和感が残りました。
予期せぬ発見
翌朝、洗濯をしようと彼のスーツジャケットを手に取ったとき、ポケットに硬い感触を覚えました。
何気なく取り出してみると、それは見慣れないホテルのカードキー。
差し込まれた紙には、昨夜の日付とチェックイン時間がしっかり印字されています。
一瞬、時間が止まったように感じました。仕事帰りにホテルに立ち寄る理由は…私の頭には、ひとつの答えしか浮かびませんでした。
疑念と確信
昼間、私は何度もカードキーを手に取り、裏返しては置き、また手に取りました。
名前も記載されていないその小さなカードが、なぜこんなにも重く感じるのか。部屋の静けさが余計に胸を締め付け、息が苦しくなりました。
夜までの時間が、これほど長く感じられたことはありませんでした。
詰め寄る時間
その夜、彼が帰宅すると、私はテーブルの中央にカードキーを置きました。
「これ、何?」
彼は一瞬固まり、視線がカードキーに釘付けになりました。
次の瞬間、薄く笑って「それは…」と言いかけましたが、声が途切れました。
その笑顔はすぐに崩れ、長い沈黙の末に「ごめん」と小さく呟きました。
その一言で、もう全てが分かりました。どんな説明も必要ありませんでした。
終わりのサイン
私はそれ以上何も聞かず、黙って荷物をまとめ始めました。
夜風が冷たく頬を撫でましたが、胸の奥は静かでした。
スーツのポケットに潜んでいた小さなカードキーが、私たちの関係を終わらせるための、最後で決定的な合図になったのです。
本記事はフィクションです。物語の登場人物、団体、名称、および事件はすべて架空のものであり、実在のものとは一切関係ありません。
Feature
おすすめ記事