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神様のイタズラか。マッチした“最高の彼”の正体は、1年前に“秒で切った”男だった【短編小説】

「はじめまして、高橋です」
メッセージアプリに届いた丁寧な一文に、私は「こちらこそ、よろしくお願いします」と当たり障りのない返信をした。新しいマッチングアプリに登録して三日目。マッチした高橋さんは、爽やかなプロフィール写真と、誠実そうな自己紹介文が好印象だった。
前のアプリで散々痛い目にあって以来、今度こそはと少しだけ真面目な月額制のアプリに乗り換えたのだ。メッセージを数回やりとりし、私たちは週末にカフェで会う約束をした。
当日、指定されたカフェの席に、写真の通りの彼が座っていた。「はじめまして」と頭を下げた瞬間、私の脳裏に微かな既視感がよぎる。気のせいだろうか。
気まずい記憶の答え合わせ。一年前、私たちは“最悪のタイミング”で出会っていた
「美紀さん、ですよね?」 「はい。高橋さん…達也さん」
会話は穏やかに始まった。仕事の話、趣味の話。当たり障りのない情報がテーブルの上を行き交う。だけど、何か引っかかる。彼が「最近、駅前にできたイタリアンが美味しくて」と言った時、記憶の扉が勢いよく開いた。
「…あの、私たち、会うの初めてじゃないですよね?」
私の言葉に、達也さんもハッとした顔になった。「え…?」と数秒考え込んだ後、彼は気まずそうに笑った。「もしかして、一年前…『タップル』で…」
「やっぱり!」
そこからは気まずい記憶の答え合わせだった。そうだ、一年前、もっと気軽なアプリでマッチした彼と一度だけ食事に行ったのだ。当時の彼は今より少し髪が長く、会話もどこか上の空で、「ああ、これは一度きりだな」とお互いに感じた、あの夜。
「あの時は、誰でもよかった」互いに明かした“本当の理由”
「まさか、こんな形で再会するとは…」と達也さんは頭を掻いた。
気まずい沈黙が流れる。もうお開きかな、と思った時、私はふと疑問が湧いて、口に出していた。 「どうして、またアプリに?」
彼は少しだけ間を置いて、正直に話し始めた。一年前、彼は長年付き合った彼女と別れた直後で、ヤケになってアプリに登録したこと。誰でもよかった、寂しさを埋めたかっただけだったと。
その言葉に、私はなぜか頷いていた。何を隠そう、一年前の私もそうだったからだ。仕事で大きなミスをして落ち込んで、自己肯定感を高めたくて、誰かにチヤホヤされたくてアプリを開いていた。だから私も、誰でもよかったのだ。
私たちは、互いに「誰でもよかった」時に出会って、そしてすれ違っていた。
運命の出会いは、二度ベルを鳴らすのかもしれない
「でも、今は違うんです」と達也さんは言った。「ちゃんと、誰かと向き合いたいと思って、このアプリに登録しました。だから、プロフィールも全部書き直して…」
見つめ合う。一年前の彼とは、まるで別人のように見えた。きっと、彼から見た私もそうなのだろう。
「私も、同じです」
私たちはどちらからともなく、ふっと笑い合った。気まずさはもうない。運命の出会いは、一度目では気づかないのかもしれない。お互いの準備ができた時に、二度目のベルを鳴らすのかもしれない。
「じゃあ、改めて」と彼が姿勢を正す。
「はじめまして、高橋達也です」
その言葉に、私は満面の笑みで答えた。「はじめまして」と。二度目の「はじめまして」は、一度目とは比べ物にならないくらい、確かなときめきを運んできた。
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