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婚約指輪はまさかの偽物。感動のプロポーズを「鑑定書」一枚で地獄に変えた復讐劇[短編小説]

3年間付き合った彼、健人からのプロポーズは、まさに完璧でした。
私たちの記念日に予約してくれた、きらびやかな夜景が一望できる高級レストラン。ロマンチックな雰囲気の中、彼は私の前にひざまずき、心のこもった言葉と共に、小さな箱を差し出しました。
パカっと開けられた箱の中で、大粒のダイヤモンドが眩いほどに輝いていました。溢れ出す涙で視界が滲む中、私は何度も頷き、「はい、喜んで」と答えるのが精一杯。私の左手薬指で輝くその指輪は、私たちの愛と、輝かしい未来そのものに見えました。
胸に芽生えた、小さな違和感
プロポーズの翌日から、私は幸せの絶頂にいました。友人や家族に指輪を見せると、誰もが「すごい!」「綺麗!」と羨望の声を上げます。
しかし、数日が経つ頃から、私の心に小さな棘のような違和感が芽生え始めたのです。指輪をくれた時の彼は、あんなに高価なものを買ったにしては、少しだけ態度が軽かったような…。そして、何よりおかしいのは、ブランドの箱に入っていたにも関わらず、「鑑定書」が見当たらないことでした。
「鑑定書?そんなのあったかな?大事なのは気持ちだろ?」
彼に尋ねても、はぐらかされるだけ。疑いたくない。でも、一度生まれた不信感は、日に日に大きくなっていきました。
鑑定士が告げた、残酷な真実
このモヤモヤを抱えたまま、彼と結婚することはできない。私は「サイズ直しと保険加入のため」と彼に嘘をつき、都内でも信頼できると評判の宝石鑑定士の元を訪れました。
「少々お待ちくださいね」
鑑定士がルーペを覗き込み、機械にかける時間、わずか数分。それが、私には永遠のように長く感じられました。やがて、鑑定士は申し訳なさそうな顔で、私にこう告げたのです。
「お客様、大変申し上げにくいのですが…こちらの石はダイヤモンドではございません。精巧に作られた、キュービックジルコニアですね」
頭を鈍器で殴られたような衝撃でした。
ダイヤモンドじゃない?
じゃあ、あの感動のプロポーズは?
涙ながらに語ってくれた彼の言葉は?
全てが、安っぽい偽物だった…?
愛情は一瞬で憎悪に、幸せな思い出は屈辱的な記憶へと変わりました。
復讐の舞台は、両家の顔合わせ
怒りに震えながらも、私は冷静でした。今ここで彼を問い詰めても、「騙すつもりはなかった」とでも言うのがオチだ。彼が私に与えたこの屈辱は、もっと大きくて、残酷な形で返さなければならない。
復讐の舞台は、すでに決まっていました。数週間後に控えた、両家が初めて揃う「顔合わせ」の食事会です。
私は、鑑定士に発行してもらった「鑑定書」を大切にカバンにしまいました。そして、何も知らない幸せな婚約者のフリを続けながら、その日を待ったのです。
一枚の紙が、祝宴を地獄に変えた
料亭の厳かな個室。両家の挨拶も和やかに進み、お祝いの席は幸せな空気に満ちていました。健人も、私の隣で「お義父さん」などと呼びながら、完璧な好青年を演じています。
宴が中盤に差しかかった頃、私の父が口火を切りました。
「健人くん、娘のために、本当に立派な指輪をありがとう」
──その時が、来た。
私はにっこりと微笑み、左手を高く掲げてみせました。
「ええ、お父さん。健人さんには、こんなに素敵な指輪をいただいて…。本当に、素晴らしい輝きでしょう?」
両家の親たちが、うっとりとその指輪に目を向けます。
「あまりに素敵なので、先日、この指輪の本当の価値を知りたくて、専門の方に見ていただいたんです。これが、その結果ですわ」
私はハンドバッグから、折りたたんだ鑑定書を取り出し、テーブルの中央にそっと置きました。
健人の顔が、みるみるうちに引き攣っていくのが分かりました。
何が起きているのか分からないといった表情の両家の親たち。やがて、私の父がその鑑定書を手に取り、目を通します。そして、その顔は喜びから驚きへ、驚きから静かな怒りへと変わっていきました。
「…これは、どういうことかね」
父の手から健人の父へと渡された一枚の紙。部屋の空気は急速に凍りつき、祝宴は一瞬にして地獄と化しました。
さようなら、偽物の愛
「健人さん、3年間ありがとうございました」
私は静かに立ち上がり、目の前で灰のように白くなった彼に告げました。
「あなたとの感動的な思い出も、この指-輪と一緒で、中身は空っぽだったみたいですね。このお話は、これで終わりにさせていただきます」
左手から偽物の指輪をそっと外し、鑑定書の隣に置く。そして、茫然自失の両家の親たちに深々と頭を下げ、「お騒がせいたしました」とだけ言い残し、私はその部屋を後にしました。
扉の向こうから聞こえてきた、父親たちの怒声。もう、私には関係のないこと。偽りの愛に、私は最高の形で終止符を打ってやったのです。
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