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福岡市か、博多市か。市名決定は「1票差」の激戦だった。駅名と市名が違う歴史的背景

福岡市か博多市か市名決定は1票差の激戦だった駅名と市名が違う歴史的背景

なぜ市名と駅名が違うのか

九州最大の都市、福岡。出張や旅行で新幹線に乗ると、終点のアナウンスは「博多駅」と流れます。

なぜ市名と駅名が違うのか。ずっと抱いていた違和感を解消すべく、古い記録を探ってみました。

そこにあったのは、単なる地名の由来書きなどではありません。

街のプライドを懸けて戦った、100年以上前の人々の生々しい熱狂でした。

そもそも、歴史の深さで言えば「博多」が圧倒しています。

8世紀の文献にも登場する、古くから栄えた商人の街です。

一方の「福岡」は、初代福岡藩主の黒田長政が、先祖ゆかりの地である備前福岡(現在の岡山県瀬戸内市長船町)から名付けた武士の街。

那珂川を挟んで東の博多、西の福岡という、全く異なる文化を持つ双子都市が形成されていました。

そして迎えた1889年、市制施行により「福岡市」が誕生します。

博多市に変える案を提出

しかし翌1890年、歴史ある名をどうしても残したい博多側の議員が、市名を「博多市」に変える案を議会に提出しました。

当時の議員数は博多側17人に対して福岡側13人。

採決当日の出席者も博多15人、福岡12人と、明らかに博多側が有利な状況だったのです。

だからこそ、誰もが「博多市」への変更を確信したはずです。

ところが、実際の投票結果は13対13の同数に終わりました。

出席者数からすれば博多側が上回っていたにもかかわらず、予定通りの票が入らなかったのです。

さらに、旧福岡藩士だった議長が一議員として投票権を行使するも、結果は再び13対13と一歩も譲りません。

息を呑むような緊迫感の中、最終的に議長代理が「市名変更せず」という重い裁定を下し、福岡市の名称が辛くも守られました。

もしこの時、たった1票でも博多側に動いていれば、私たちは今頃「博多市」へ出張していたはずです。

敗北した「博多」側も決して諦めず、駅名や行政区(博多区)としてその名を現代にまで残し続けています。

私たちが何気なく口にする地名の裏には、郷土を愛する先人たちの、決して引けない意地と誇りが息づいていました。

参考:福岡市公式「福岡歴史コラム」

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GLAM Entame Editorial

編集部

エンタメやカルチャーを入り口に、今を生きる大人の感性や知的好奇心を刺激する編集部チームです。話題のニュースやトレンド、SNSで広がるカルチャーから、思わず考えたくなる大人の常識クイズまで。楽しみながら学び、視野を広げられるコンテンツを通して、日常にちょっとした発見や会話のきっかけを届けています。ただ消費するだけのエンタメではなく、知ること・考えること・共有することを大切に。大人だからこそ楽しめるポップカルチャーを、発信しています。

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