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古いカレンダーに残されていた赤い丸印。そこに書かれていた言葉に涙が止まらなかった【短編小説】
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記憶喪失になった彼
私の恋人、翔太は、一年前に事故で記憶の一部を失いました。
日常生活に支障はないものの、彼の中からごっそりと抜け落ちてしまったのは、私と出会い、恋に落ちた、最初の数ヶ月の記憶でした。
優しさは変わらないけれど、彼の瞳にはどこか私を「知らない人」として見るような、薄い膜があるのを感じていました。
先日、二人で部屋の大掃除をしていた時のことです。
クローゼットの奥から、事故が起きる前の年の、古いカレンダーが出てきました。
処分しようと手に取った、その瞬間。ある一日に、赤い丸印がつけられているのが目に入りました。
『4月12日』
私の誕生日でも、二人の記念日でもない。
首を傾げる私の横で、翔太も「なんだろう」と不思議そうに呟いています。
私は、その赤い丸を顔に近づけ、中に書かれた小さな文字を読み上げました。
「『陽菜と初めて会った日。一目惚れだった。人生が変わった日』…」
それは、翔太が、彼自身の字で書いた言葉でした。
カレンダーを見た彼は…
彼の手が、ぴたりと止まりました。カレンダーに書かれた自分の文字を、食い入るように見つめています。長い、長い沈黙。やがて、彼はゆっくりと顔を上げ、私の目をまっすぐに見つめました。
その瞳は、私が知っている、恋に落ちたばかりの頃の、熱を帯びた瞳そのものでした。
「……思い出した」
彼の目から、大粒の涙がこぼれ落ちます。
「全部、思い出したよ。陽菜を初めて見た時、本当に、世界が輝いて見えたんだ」
忘れていたはずの記憶。
失われたと思っていた、私たちの物語の始まり。
それは、古いカレンダーの上で、静かに彼が迎えに来るのを待っていてくれたのです。
涙でぐしゃぐしゃになった顔で、私たちはどちらからともなく抱きしめ合いました。
一年間、私たちの間にあった見えない壁が、すっと溶けていくのが分かりました。
古いカレンダーに残されていた愛の言葉が、二人の心を、もう一度、固く結びつけてくれた一日でした。
本記事はフィクションです。物語の登場人物、団体、名称、および事件はすべて架空のものであり、実在のものとは一切関係ありません。
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