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あなたなら通報する?様子を見る?隣の部屋から泣き止まない赤ちゃんの声【短編小説】

泣き止まない赤ちゃんの声
壁一枚を隔てた隣の部屋から、甲高い赤ちゃんの泣き声が聞こえ始めたのは、平日の夜10時を過ぎた頃だった。
私はコンビニ弁当を片手に、テレビの音量を少し上げる。
隣は確か、数ヶ月前に越してきた若い夫婦。
最初は「ああ、赤ちゃんがいるんだな」としか思わなかった。
だが、泣き声は止まらない。それどころか、次第に激しさを増していく。
「ぎゃああああ!」
まるで何かを拒絶するかのような、喉が張り裂けんばかりの絶叫。
時折、それを遮るように大人の怒鳴り声のような低い音も混じる。
(……大丈夫、だろうか)
育児は大変だ。
夜泣きかもしれない。そう頭では理解しようとしても、耳に突き刺さる音は私の不安を煽る。
「虐待」という二文字が、脳裏を不吉に横切った。
時計の針は11時を指そうとしている。
私はスマートフォンのロックを解除し、画面を見つめたまま動けなくなった。
A:通報する(警察または児童相談所へ)
B:様子を見る(今夜は我慢する)
Aパターン:通報する
(万が一、あの子に何かあったら……後悔してもしきれない)
私は震える指で「189(いちはやく)」をタップした。
匿名での相談が可能だと確認し、状況を冷静に伝えようと努めた。
「隣室から、尋常ではない赤ちゃんの泣き声と、大人の怒鳴り声が聞こえます。もう1時間近く……」
電話を切った後、部屋の電気を消して息を潜めた。
どれくらい経っただろうか。廊下に複数の足音と、静かなノックの音が響いた。
ドアスコープ越しに見えたのは、制服姿の警察官だった。
隣のドアが開き、夫婦の慌てたような声が聞こえる。
やがて、あれほど激しかった泣き声はぴたりと止んだ。
警察官が帰っていくのを見届け、私はようやく安堵の息をついた。
しかし翌朝、アパートの階段で、隣人の夫と鉢合わせた。
彼は一瞬私に目を向けたが、すぐに視線をそらし、会釈もせずに足早に通り過ぎていった。
あの目は、私を「通報した人間」として見ていた気がする。
確証はない。けれど、壁の向こう側との間に、見えない線が引かれたのは確かだった。
Bパターン:様子を見る
(……いや、他人が介入すべきじゃない。子育ても色々あるはずだ)
通報して、もし単なる夜泣きだったら?
あの夫婦は「監視されている」と感じるだろう。
このアパートに住み続けるのが気まずくなるのは、私の方かもしれない。
私はヘッドホンを手に取り、耳を塞いだ。
音楽を流しても、重低音の隙間から、かすかに泣き声が漏れてくる。
集中できず、ベッドに横になっても寝付けない。
(本当に、大丈夫なんだろうな……)
不安と自己嫌悪が渦巻く中、午前0時を回った頃だろうか。
ふと、音が途切れていることに気づいた。ヘッドホンを外す。シーンと静まり返った部屋に、時計の秒針だけが響いていた。
眠ったのだろうか。私は胸を撫で下ろし、その夜は遅くに眠りについた。
翌朝、ゴミ出しのために外に出ると、ちょうど隣の奥さんと出くわした。
彼女は赤ちゃんを抱っこ紐で抱え、ひどく憔悴した顔をしていた。
目が合うと、彼女は小さく頭を下げた。
「昨日……夜、うるさくしてすみませんでした。夫と交代で必死だったんですけど、泣き止まなくて……」
「あ、いえ……」
私は曖昧に返すことしかできなかった。
彼女の目の下の濃いクマが、昨夜の苦闘を物語っている。
通報しなくて、よかった。
そう思う一方で、もしあの疲労が別の形で爆発していたら、と想像して少し怖くなった。
私たちは隣人の生活音を聞き、時に悩み、時に見過ごす。
通報という「正しさ」が、隣人との間に修復しがたい溝を生むこともある。
一方で、様子を見るという「配慮」が、最悪の事態を見逃すことにつながる可能性もゼロではない。
あの夜、壁の向こう側で起きていた真実を知る者はいない。
ただ、どちらを選んでも、私は「隣人」という距離感を、もう以前と同じようには捉えられなくなった。
もし、今夜あなたの部屋にあの泣き声が響いてきたとしたら。
あなたは、どちらの選択をしますか?
本記事はフィクションです。物語の登場人物、団体、名称、および事件はすべて架空のものであり、実在のものとは一切関係ありません。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。
※本コンテンツのテキストの一部は、生成AIを利用して制作しています。
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