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ママ友に「子ども3人は当たり前でしょ?」と見下された私→数年後、教育費で悲鳴を上げていた【短編小説】

子供の数でマウントを取るママ友
私の息子、翔太がまだ幼稚園に通っていた頃の話です。
当時、同じ園に、三人の元気なお子さんを持つ、聡子さんというママ友がいました。
彼女は、子どもが多いことこそが母親のステータスだと考えているような節があり、一人っ子である息子を持つ私は、よく憐れむような目で見られていました。
ある日の保護者会で、彼女は、周りに聞こえるように、大きな声で言いました。
『あら、裕子さん。翔太くんは、一人っ子なの?やっぱり、子どもは三人くらいいて当たり前でしょ?賑やかで、家の中も明るくなるしねえ』
「うちは、この子との時間をじっくり大切にしたいんです」と返した私に、彼女は、どこか物足りなそうな、見下したような笑みを浮かべるだけでした。
ママ友の悲鳴の原因とは?
それから、数年の月日が流れました。
息子も中学生になり、私たちは、計画的に貯めていたお金で、彼が望む習い事をさせたり、時々、家族旅行に出かけたりと、ささやかですが、満たされた毎日を送っていました。
先日、スーパーで、その聡子さんと久しぶりにばったりと再会しました。
彼女は、数年前の自信に満ちた姿が嘘のように、ひどく疲れた顔をしています。
立ち話もそこそこに、彼女は、堰を切ったように愚痴をこぼし始めました。
『聞いてくれる、裕子さん…。うち、もう本当に大変なの。上の子の塾代でしょ、真ん中の子の私立の学費でしょ、下の子の習い事もあって…。教育費が、もう、悲鳴を上げるくらいにかかるのよ!』
かつて、あれほど「三人いて当たり前」と胸を張っていた彼女。
その言葉の裏にあったはずの、将来への見通しの甘さが、今、重い現実となって彼女の肩にのしかかっていました。
「裕子さんのところは、翔太くんに色々してあげられて、いいわねえ…」
羨ましそうにそう呟く彼女に、私は何も言えませんでした。
家族の幸せの形は、人数で決まるものではありません。
身の丈にあった暮らしの中で、どれだけ豊かな時間を過ごせるか。
数年越しに、その答えが、彼女の悲鳴と、私の静かな日常とではっきりと示された瞬間でした。
本記事はフィクションです。物語の登場人物、団体、名称、および事件はすべて架空のものであり、実在のものとは一切関係ありません。
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