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「ポッキー」実は「チョコテック」という名前だった?世界初の棒状チョコレートの誕生と驚くべき制作秘話
INDEX

私たちが子どもの頃から当たり前のように親しんできたお菓子の中には、誕生の裏に思いもよらないドラマや挫折を抱えているものが少なくありません。
スーパーやコンビニの棚に必ず並び、世界中で愛されている江崎グリコの「ポッキー」。
赤いパッケージと持ち手のある独自の形状は誰もが知る存在ですが、実は発売直前まで、このお菓子にはまったく別の名前がつけられていました。
今回は、身近な国民的菓子のルーツを紐解きながら、開発者たちが直面した過酷な壁と、そこからの鮮やかな逆転劇に迫ります。
1966年、世界初の棒状チョコレートの誕生と「歩く」コンセプト
時代は1966年(昭和41年)。高度経済成長期の日本において、人々のライフスタイルは目まぐるしく変化し、より手軽で新しいお菓子の形が模索されていました。
当時、江崎グリコは「手全体を汚さずに食べられるチョコレート」の開発に取り組んでいました。
試行錯誤の末にたどり着いたのが、棒状のプレッツェルにチョコレートをコーティングし、持ち手の部分だけチョコレートを塗らずに残すという、現在へと続く画期的なアイデアです。
これにより「世界初の棒状チョコレート菓子」が誕生することになります。
この時、開発チームがターゲットにしたのは「歩きながら食べる」という新しい消費者の行動様式でした。
街を「てくてく」と歩きながら、手軽にチョコレートを楽しむ。その軽快な足音とコンセプトから、この新製品は「チョコテック」と名付けられ、テスト販売が開始されました。
結果は上々で、全国展開への期待は大いに高まっていました。
突如立ち塞がった商標の壁。幻となった名称「チョコテック」
しかし、いよいよ本格的な販売へ向けて歩みを進めようとした矢先、開発チームをどん底に突き落とす事実が判明します。
「チョコテック」という名称が、すでに他社によって商標登録されていたのです。
現代のようにインターネットで簡単に商標検索ができなかった時代とはいえ、製品のコンセプトそのものを体現した名前を失うことは、プロジェクトにとって致命的な痛手でした。
パッケージの印刷から広告戦略まで、あらゆる計画が白紙に戻る危機。「てくてく歩く」という最大の売りを失い、改名を余儀なくされた開発現場の焦燥と落胆は、想像を絶するものだったでしょう。日の目を見るはずだった「チョコテック」は、こうして歴史の波間に消える幻のチョコレートとなってしまったのです。
絶望の淵から生まれた「音」の革命。国民的菓子「ポッキー」の幕開け
コンセプトから名付けた名称が使えない。時間も限られる中、開発チームは視点を根本から変える必要に迫られました。「歩く」という行動から離れ、製品そのものと真摯に向き合った時、ひとつのある「特徴」に気づきます。
それは、棒状のプレッツェルを噛み砕く時に響く、軽快な咀嚼音でした。
「ポッキン、ポッキン」
リズミカルで心地よいその音の響きは、お菓子を食べる楽しさそのものを表現していました。彼らはこの擬音語をヒントに、新しい名前を「ポッキー(Pocky)」と決定します。
行動(歩く)ではなく、五感(音)に訴えかけるこの名称は、結果として「てくてく」という日本語のニュアンスにとらわれない、世界中で愛される普遍的なネーミングとなりました。
商標登録の壁という絶望的な状況がなければ、「ポッキー」という名前は生まれていなかったかもしれません。
参考:「江崎グリコ株式会社」
おわりに
私たちが何気なく手に取り、友人と分け合っているポッキー。そこには、思い描いた理想を一度は打ち砕かれながらも、発想の転換でピンチをチャンスに変えた開発者たちの執念が込められています。
次にポッキーを食べる時は、ぜひその軽快な「ポッキン」という音に耳を澄ませてみてください。それは、半世紀以上前に困難を乗り越えた、名もなき開発者たちの静かな勝利の音なのです。

GLAM Entame Editorial
編集部
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