17.05.24(Wed)

彼はダークサイドに堕ちたのではない。 不良ダンサーの焼印を押された天才の逆襲

Rieko Shibazaki

Rieko Shibazaki 編集/ライター

ファッション誌、カルチャー誌の編集を経てフリーに。映画人やデザイナーなどのインタビューを始め、ファッションからゴシップまで幅広く執筆。幼少期&学生時代をNYで過ごしたこともあり、ミュージカル&海外ドラマ好き好きな映画のジ...

『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』 

デヴィッド・ラシャペル監督のホージアの”Take Me to Church” のMV出演を最後に、ダンスを辞める決意をしていたという。©︎British Broadcasting Corporation and Polunin Ltd. /2016

世間ではエマ・ワトソン主演の『美女と野獣』が話題をさらっている映画界だけど、あちらはあくまでもファンタジー。現実に存在するウクライナ出身のバレエ界の野獣セルゲイ・ポルーニンの物語を知ったら、彼に夢中にならざるをえないはず。バレエ血糖値の低い人でも十分楽しめるのだけど、ブラック企業に勤めている人や、体制に不満のある人なんて共感の涙だろう。

現在27歳のセルゲイは、彼の世代では最も秀でたダンサーの一人。19歳のときに史上最年少で英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパルになるという華麗なる経歴の持ち主だ。ところが、全身にタトゥーを入れ、ツイッターには「ヘロイン売ってる人いない?」などとつぶやき、コカインを吸引して舞台にあがり、取材のすっぽかしは当たり前。カンパニーきっての問題児とされ、プリンシパルになった2年後、人気絶頂期の22歳にあっさりと退団。バレエ界は衝撃に包まれる。

メディアのショッキングな見出しや、バレエ界の態度、彼のタトゥーだらけのボディしか知らない我々からすると、確かに「天才だからって調子にのって、ダークサイドに堕ちたわがままボーイ」という印象を受ける。しかし、そこには想像以上の苦悩や理不尽なバレエ界の不条理があったのだ。その背景が『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』で明らかになる。

幼いころのセルゲイ。©︎British Broadcasting Corporation and Polunin Ltd. /2016

セルゲイは「バレエに騙された気分」だと感じている。なぜなら離れ離れになった家族を一つにしようと、必死で練習を重ねてプリンシパルになり、1日11時間、週6日稽古や舞台をこなしても、カンパニーから与えられる報酬はわずかで自分の部屋を借りることもできない。家族を助けるどころか、自分の生活すらままならなかったのだ。

今作の取材インタビューの際に彼は、

「バレエ界はとても狭い世界なので、バレエ団やディレクターに逆らうと舞台に上がらせてもらえないから、誰も報酬や待遇に関する不満を口にすることができない。ディレクターに嫌われたらおしまいだからね。それにカンパニーの宣伝のために雑誌の広告撮影などをやっても、ギャラはすべてカンパニーに入るので、こっちはただただ余計な時間を使うだけなんだ」

と話してくれた。なぜそこまで彼はお金にこだわるのか?

ウクライナ出身のセルゲイは、ダンサーになるための恵まれた体を持って生まれ、3歳からトレーニングを開始。体操教室に入ったのち、バレエへと転向をしてぐんぐん才能を発揮する。ところが、自国では彼の才能に見合った教育が受けられないと、両親はセルゲイの英国留学を決意する。しかし、家計は貧しくそんな余裕はない。そこでセルゲイの学費を工面するために祖母はギリシャへ、父はポルトガルへと出稼ぎに出て、可愛い孫、息子のために身を粉にして働いてきたのだ。そんな家族散り散りの生活の結果、彼が15歳のときに両親は離婚。それでも、プリンシパルになれば家族へ仕送りすることができるし、少しでも壊れた絆を修復ができるのかもしれないと思ったのだろう。ところがそれも叶わず、ロシアに帰ることも許されなかったという。

©︎British Broadcasting Corporation and Polunin Ltd. /2016

人生で一度も自分の意思で何かを選択をすることを許されなかった彼が、初めて選択した自由が22歳の時。カンパニーから立ち去ることだったのだ。そんなセルゲイの体、特に心臓の辺りには、ザクッと野獣に引っかかれたような傷があるのだが、これはタトゥーによるもの。それはまるで傷ついた心を体現しているようで悲しい。

『美女と野獣』では魔法で野獣の姿に変えられた王子は、心優しい聡明な娘ベルのおかげで元の姿に戻るが、幸いないことにウクライナ出身の野獣にも、デヴィッド・ラシャペルという救世主が現れ、そこから彼の新たなる希望が生まれる。ラシャペルが監督をしたホージアのミュージックビデオでセルゲイが見せる舞は、たとえバレエを知らぬとも心にズドンと響いてくるものがあるはず。

 

個人的にはバレエとは無縁だからなんとも言えないけれど、これだけのレベルの人が頑張っても報われない世界に、多くの親たちはなぜ自分の子どもたちを幼い頃から入れたがるのだろう? 今作をきっかけに多くの人のマインドや、業界の方針が変わるといいのだが……。ちなみにロイヤル・バレエ団はセルゲイの数々の発言にノーコメントを貫いているそうです。

『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』
2017年7月15日(土)より、Bunkamuraル・シネマ、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
監督:スティーヴン・カウンター
出演:セルゲイ・ポルーニン
公式サイト