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17.05.01(Mon)

【女の履歴書】Vol.3 DiFA編集長・宮坂淑子「仕事に欠かせないのは、ミーハー心」

GLAM Editorial Team

GLAM Editorial Team



宮坂淑子・DiFA編集長

1974年生まれ。デジタルとファッションを繋ぐウェブサイト「DiFa」編集長その他企業コンサル、広告クリエイティブディレクターなど。フリーランスライター、ロッキングオン「H」、「ELLE ONLINE」編集長、「VOGUE GIRL」編集長を経て現職。日々世界のトレンドを追いかけるミーハーだけが取り柄の42歳。5月7日よりGLAM連載コラム「女子のケモノ道」がスタート!

昔から、どうにもこうにもミーハーだった。
ただ今は、それをなくしたら、自分はおしまいだと思う。

Q.大学在学中の20歳のとき、ライターデビューしています。小さい頃から雑誌が好きだったのですか?

そうですね。私は長野県で生まれ育ちました。両親はふたりともファッションが好きで、家にはたくさんのファッション誌が置いてありました。でもたまに親に頼み込んで東京に買い物しに行くのがせいぜい。普段は雑誌に出ている洋服をすぐに買いに行けるわけじゃなく、ただ眺めているしかなかったんです(笑)。ただ見ているだけ(笑)。まさに私にとって、雑誌は“夢の世界”でした。高校生になると、『Olive』『mc Sister』を筆頭に、『non-no』や『Seventeen』にと、とにかく色んなファッション雑誌を夢中になって読んでいました。その頃には、「大人になったら、雑誌に関わる仕事に就く!」と決めていました。

Q.となると、大学はファッション系の学校へ?

いえ違います。当時料理が好きだったこともあって、親には家庭科の先生か、堀井和子さんみたいなフードコーディネーターになりたいからと説得して、学習院短大の家庭生活科に推薦で入り、食物学を学びました。とにかく上京するなら都内のど真ん中にある学校に入りたかった(笑)。

ただ昔から、私はどうにもこうにもミーハーで。20歳のときに、好きなマンガ家やミュージシャン、イラストレーターさんに会うにはどうしたらいいだろう? と考えまして、そうしてたどり着いた答えが「編集者になる」でした。

上京後すぐに出版社に「アルバイトを募集していませんか?」と電話を掛け始め、15社目くらいでようやく、ライターのアシスタントとして採用されました。取材のアポ取りなど、仕事内容は地味なものでしたが、それが紙面づくりの仕事の一端になっている思うとすごく楽しく嬉しかった。同時に、「これを仕事にできたら、どれだけ幸せだろう」とも思いました。

Q.アシスタントを経て、そのまま在学中にライターデビューしたわけですか?

はい。ライターのアシスタントを経て、そのうち、ライターとして書かせてもらえるようになりました。でも当時、先輩の編集者の人から「4年制の大学を出ていないと、編集者にはなれないよ」と言われ、人生これまででしたことないくらいに勉強して(笑)学習院大学への編入試験をうけて短大から大学に編入しました。

ですが、就職活動をするも、ファッション系の出版社からは内定がもらえず、結局そのままフリーランスでライターを始めることにしました。1年ほどするとだんだん仕事も増えてきて、「スナップ100人撮影してきて!」「古着屋100軒、取材お願い!」なんて、なかなかハードな仕事が飛び込んでくるようになりました。でも、辛いとは思いませんでした。雑誌に関われていること。それ自体が幸せでしたから。